QCR Autumn 2019-2: 運送契約の条項の解釈‐不可抗力条項か免責条項か‐傭船者がそれに依拠するためには因果関係の立証が必要か

事実

2015年11月5日、鉄鉱石(iron ore)を産出するブラジルのFundaoダムが決壊し、その産出が停止されました。傭船者は、船主との間で、ブラジルの2つの港からマレーシアの2つの港に粒状の(pellets)鉄鉱石を運送するための長期の運送契約(COA)を結んでいました。2015年7月から2016年6月の間、傭船者は、運送契約に基づく7つの運送について、貨物を提供することができませんでした。傭船者は、第1、及び、第2の運送については、反論がありませんでしたが、第3から第7の運送については、運送契約中の以下の第32条にいう「鉱山における事故」を引用し、その責任を否定しました。

第32条
「免責事由
本船、船長、船主、及び、傭船者は、不可抗力(Act of God)、地滑り、鉱山における事故、又は、船主、傭船者、荷送人、又は、荷受人のコントロールの及ばない事象から生じた損失、又は、損害については、責任を負わない。但し、そのような事象が、本傭船契約上の当事者による債務の履行に直接、影響を及ぼす場合に、限る。」

第1審判決

船主は、傭船者は、ダムの決壊がなければ、契約を履行することができたことを立証しない限り、第32条に依拠することはできない、と主張しました。裁判官は、これに同意しました。傭船者は、2つの内のいずれの船積港においても、貨物を提供する用意をしていなかったという事実認定の下、裁判官は、ダムが決壊していなかったとしても、傭船者は、貨物を提供する準備もなく、また、その意思もなかったから、免責条項に依拠することはできない、と判示しました。従って、傭船者は、貨物を提供する絶対的な義務に違反した、と判示されました。

しかしながら、裁判官は、船主は、実質的な損害賠償請求権を有しない、とも判示しました。それを認めることは、仮に、傭船者が貨物を提供する準備があり、また、その意思を有していた場合よりも、船主をより良い財産上の地位に置くことになるからです。従って、裁判官は、問題の各々の運送について、1ドルという、形式的な損害の請求のみを認めました。

船主は、損害賠償の点について控訴し、また、傭船者は、責任の問題について、反対控訴(cross appeal)しました。

第2審判決

責任の問題については、傭船者は、Bremer Handelsgesellschaft mbH対Vanden Avenne-Izegem PVBA事件における最高裁判決([1978] 2 Lloyd’s Rep 109)に依拠して、第32条は、免責条項ではなく、契約当事者の義務を制限する、不可抗力に関する条項である、と主張しました。傭船者は、不可抗力たる事情により、義務の履行が不可能になれば十分であり、その条項に依拠しようとする当事者が、不可抗力たる事由がなければ契約を履行しえたこと、又は、しようとしていたことを立証する必要はない、と主張しました。

しかしながら、控訴審裁判所は、先例について、そこでの条項は相違する文言であったことを指摘して、考慮することを控えました。裁判所は、第32条について、その条項のタイトルを無視し、また、適用すべき解釈の原則についての傾向を定めることなく、単に、その文言を全体として解釈するアプローチを取りました。

裁判所は、ダムの決壊がなくても、傭船者はその義務を履行しなかったであろう場合には、その不履行は、「ダムの決壊から生じた」ものということはできず、また、ダムの決壊は、傭船者の義務の履行に「直接、影響を及ぼした」ものということはできない、という、第1審裁判所の判断を支持しました。

控訴審裁判所は、傭船者の反対控訴を棄却しました。

損害について、控訴審裁判所は、「契約当事者が、契約の違反により損害を被った場合には、金銭賠償により可能な限り、契約が履行された場合と同一の地位に置かれるべきである。」という、コモン・ロー上の原則を引用しました。事実上の問題として、仮に貨物が提供されたならば、船主は、運賃の金額から、その費用を控除した額を得たであろうといえます。裁判所は、船主が得られたであろう物と、傭船者の契約違反により立たされた現実の立場とを比較して、船主の控訴を認め、1900万ドルを超える損害の賠償請求権を認めました。

コメント

控訴院が、第32条について、それが契約を無効とする(frustration)条項か、あるいは、免責条項かを最初に決定せずに、判断したことは、不明確さを生じさせます。契約を無効とする条項であれば、それに依拠しようとする当事者は、無効となりうる事象がなければ、契約違反はなかったであろうことを立証する必要はありません。これに対して、免責条項であれば、それに依拠しようとする当事者は、免責事由がなければ、契約違反はなかったであろうことを立証する必要があります。さらに、「それがなければ(but for)」というテストが、不可抗力条項と免責条項の双方に適用されるか、についても、不明確です。本件の契約では、さらに、当該条項がどのように解釈されるべきであったか、についても規定されるべきであったでしょう。

損害について、控訴院は、本件は、Golden Victory号事件における貴族院判決([2007]2 A.C.353)及びBunge対Nidera事件における最高裁判決([2015]3 All E.R.1082)とも異なる、という判断をしました。この2つとも、損害の算定に際して、契約違反後に生じた事情を考慮に加えた判決です。本件控訴院は、その理由として、上記2つの事件は、予期しうる違反(anticipatory breach)に関するものであるのに対し、本件は、現に生じた違反に関するものであることを指摘しています。

傭船者は、最高裁への上訴の許可を申し立てました。おそらく、さらなる注目が必要でしょう。

以上

和訳: 田中庸介 (弁護士法人 田中法律事務所 代表社員弁護士)

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PI Club

Date2019/10/21