QLU Summer 2018-1:最高裁判所は、密輸のリスクは戦争危険ではないことを明確にし、戦争危険保険の文脈における「悪意のある」ものとは何かのガイダンスを提供しました

Navigators Insurance Company Limited and others v. Atlasnavios - Navegação, LDA (B Atlantic) [2018] UKSC 26事実

2007年8月13日、本船は、ベネズエラのマラカイボ湖にて、イタリア向けの貨物である石炭を積載しました。ダイバーの海中調査の後、132キロのコカインの入った3つの袋がラダーの傍の船体に結び付けられているのが発見されました。

その結果、本船は差押えられ、船員も逮捕されました。船長と二等航海士が、薬物の密輸に関する共謀の罪で訴追されました。2007年10月、ベネズエラの裁判官は、左の船員らを公訴審に付すこと、また、ベネズエラ法に基づき、本船の予防的な差押えを継続すること、を命じました。本船は、2010年8月に、陪審を経て、2人の士官が9年の懲役刑を下されるまで、差押えられていました。裁判所は、最終的に、2009年9月に船主が裁判所に所有権を放棄した本船について、没収を命じました。

船主は、その後、戦争危険保険に基づき、推定全損による保険金請求を行いました。さらに、船主は、本船の解放を得るため行った努力に関し、損害防止費用(sue and labour cost)も請求しました。船主の請求金額は、総額として、2000万米ドルを超えました。

船主は、薬物の密輸を知らなかったこと、それは、本船や被保険者と関係のない者により遂行されようとしていたこと、を主張しました。また、「悪意をもって(maliciously)行為した者」から生じた損失をカバーする戦争危険保険の条項に依拠しようとしました。

戦争危険保険の保険者は、「税関に関する規則の違反を根拠とする抑留」から生じた損失を除外する条項に基づき、保険カバーを否定しました。保険者は、政府の合法的な行為から生じた没収は、戦争危険保険がカバーすることを意図している危険ではない、と主張しました。

判決

商事裁判所は、本船に薬物を着けた第三者(密輸人)の悪意のある行為により、ベネズエラ法の違反がもたらされ、さらに、本船の没収がもたらされたことを根拠として、保険者は損失について責任がある、と判断しました。保険証書は、「悪意のある損害」「悪意のある悪行(mischief)」又は、「悪意をもって行為した第三者により生じた本船の損失」に対するカバーを規定していました。

控訴院は、上記の原審の判断を覆し、損失が因果関係上、カバーされている危険(薬物の悪意ある隠匿)とカバーされていない危険(税関の規則の違反による抑留)とにより、損失が発生した場合には、当該損失は、保険証券によりカバーされない、という原則に基づき、保険者は責任を負わない、と判示しました。

船主は、上告し、事件は最高裁判所で審理されました。最高裁判所は、保険会社を勝訴させました。

最高裁判所は、密輸人は、本船にはいかなる損害も及ぼす意図はなかったから、戦争危険保険の条項の目的においては、本件での薬物の密輸は、「悪意のある」ものではなかった、と結論づけました。まさに、密輸人の意図は、本船が目的地に安全に、かつ、遅延なく、到達することでした。「悪意をもって行為する者」との概念は、悪意、憎悪というその者による財産、又は、人員に対して向けられた要素が含まれていることが必要です。

この判示内容は、両当事者に驚きをもって受け止められました。両当事者は、薬物の密輸が悪意をもった行為であることを共通の認識として、最高裁判所に進んでいったからです。

最高裁判所は、傍論において、因果関係上、付保されている危険と付保されない危険とによって損失が生じた場合、保険は当該損失をカバーしない、という英国法上の原則を確認しました。しかしながら、本件での事実関係においては、損失の唯一の重要な原因は、税関の規則の違反を理由とする、本船の抑留でした。これは明確に、保険証券上、除外されていますから、保険者は責任がなく、船主の請求は認められないものでした。

コメント

最高裁判所の判断は、薬物の密輸、又は、密貿易は、戦争危険ではないことを確認しました。従って、本件の船主と同じ状況にある船主は、薬物の密輸、又は、密貿易のためにその船を利用する第三者により生じた抑留については、保険カバーがないことを認識するべきでしょう。従いまして、メンバーにおかれましては、戦争危険のカバーをご確認され、疑念がある場合には、保険者との間で議論されるべきものと思われます。

Staff Author

PI Club

Date2018/07/31