QCR Autumn 2019-3: 海上衝突予防条約(COLREGS)に基づく分離航行方式において航路を横切る船舶の義務と横切船間のVHF通信の適切な使用

事実

Hanjin Ras Laffan号がシンガポール海峡を東から西に航行している時、Mount Apo号 (「Mt Apo号」)は、シンガポール海峡の分離航行方式(Traffic Separation Scheme)(「TSS」)において、その東向きの航海を続けるため、東向きの航路に進入しようとして、西向きの航路を横切ろうとしていました。Mt Apo号は、TSSの北側の境界から、32度の少ない角度で、TSSに入りました。

衝突の数分前、Hanjin Ras Laffan号は、Mt Apo号にVHFで呼びかけました(「9時55分の会話」)。

Hanjin Ras Laffan号:Mt Apo号、Mt Apo号。こちら、Hanjin Ras Laffan号。

Mt Apo号:はい、こちら、Mt Apo号。どうぞ。

Hanjin Ras Laffan号:こちら、Hanjin Ras Laffan号。どうされますか?緑ライト対緑ライトです。緑ライト対緑ライトです。

Mt Apo号:我々は、既にエンジンを停止しています。

Hanjin Ras Laffan号:貴船は、エンジンを停めたのですか?

Mt Apo号:はい。貴船を当方の船首において通過させるために、エンジンを停めました。

Hanjin Ras Laffan号:え、それはとても危険です!

上記の会話が終わって4分もしないうちに、両船は、衝突しました。両船ともに、相手船が100%悪いものと考えていませんでしたから、主たる争点は、過失割合でした。

判決

両船の落ち度と原因への影響度合いを考慮して、裁判所は、60:40でHanjin Ras Laffan号が有利、と判断しました。

裁判所は、次のように判示しました。
1.Mt Apo号は、海上衝突予防条約第10条(c) に反し、安全でない時にTSSを横切った点に、過失がある。

Mt Apo号がTSSを横切ろうとした時点では安全ではなかったと判断する際、裁判所は、当該時点で横切りを行ったことは慎重ではなかったと船長が認めたこと、及び、その他に少なくとも、2つの他の取るべき方法があったことに合意したことを検討した。
横切ることが安全であったかどうかの判断は、TSSにおける交通の状況がどうであったか、を中心に行われるべきであり、横切ろうとする船舶に他の選択肢があったかどうかによるべきではない。安全でない横切行為は、当該時点で本船が取りうる選択肢が他になかったからといって、安全な行為となるものではない。

2.Mt Apo号は、32度という少ない角度でTSSを横切った点において、過失がある。

Mt Apo号が少ない角度で横切りを行う正当な理由がないから、海上衝突予防条約第10条(c)に違反している。船長は、常に、航路の進行方向に対して90度の角度を取ることに努めるべきであるが、そうしないことが航行の安全に資する場合や、他の正当な理由がある場合には、その限りではない。適切な海技(good seamanship)によれば、船長は、早い時期にその船を航路につけ、航路の境界と角度をつけて、適切な広い角度を維持し、視界が良好な場合には、たとえ、それにより航行の長さを増やすことになったとしても、安全な速度で航路を横切るべきである。

3.9時55分の会話におけるHanjin Ras Laffan号の意図は、VHFの不当な利用である。

裁判所は、Hanjin Ras Laffan号の船長は、既にMt Apo号がTSSに入っていたことを認識していたから、9時55分の会話を開始する必要はなかった、と認定した。左の船長が、緑ライト対緑ライトの通過を合意しようとしたことは、海上衝突予防条約第15条 に反するから、VHFの不当な利用である。
VHFの利用は、その会話により意図された行動が海上衝突予防条約に合致しているのであれば、非難はされないであろう。裁判所は、海上衝突予防条約の順守が、衝突を防止する種たる方法であるべきことを指摘する 。海員は、他船を通過する際や、短い距離に近づく場合、VHFによる会話を行おうとする前に、VHFの利用に伴う危険性(例えば、船舶の特定の不確実さ、会話の解釈の不確実さ、適切な見張りから離れてしまうこと、回避行為を取るための時間のロス等)を認識するべきである。

4.Hanjin Ras Laffan号は、9時55分の会話の後、コーストスピードを何度も変更させた点で、過失がある。

9時55分の会話の後、Hanjin Ras Laffan号は、何度も、左舷方向に、少しずつ、コースを変更し、また、12ノットから10.7ノットに減速した。

裁判所は、コースと速度をより大幅に変更することが、船長にとって慎重な行為であり、(海上衝突予防条約第8条(b) に反して)それをしなかったことが、その意図をMt Apo号が理解するのに混乱を生じさせた、と認定した。

5.Mt Apo号は、Hanjin Ras Laffan号に対して、船首においてそれを通過させつことを9時55分の会話において伝えた後、明確にその速度を減少させなかった点において、過失がある。

裁判所は、Mt Apo号は、Hanjin Ras Laffan号に対して示した情報に合致した行動を取らなかった点において、過失がある、と判断した。ある船舶は、他船に対して提供した、その意図する行動に関する情報に従った行動を取らなかった場合には、過失が認められる。

午前9時55分から9時57分にかけて、Mt Apo号は、とても緩やかに、その速度を7.8ノットから7.1ノットに減速させた。Mt Apo号の計画が、そのVHFでの返事に示されているように、その速度を減少させて、Hanjin Ras Laffan号を船首において通過させようとするものだったとしても、このきわめて緩やかな度合いでの減速は、
Hanjin Ras Laffan号がMt Apo号の船首辺りで通過するに十分ではなかった。

コメント

本件判決は、分離航行方式における航路を横切る船舶の海上衝突予防条約の下での義務を定立し、また、適切な海技がどのようなものであるかを例示しました。また、VHFの利用に伴うリスクを再認識させ、その利用ではなく、海上衝突予防条約が衝突の回避により有効であることを示しています。

判決文は、以下のURLから入手できます。

https://www.supremecourt.gov.sg/docs/default-source/module-document/judgement/owner-of-the-vessel(s)-mount-apo-(imo-no-9493755)-v-owner-and-or-demise-charterer-of-the-vessel-hanjin-ras-laffan-(imo-no-9176008).pdf

 注1. 海上衝突予防条約第10条(c):船舶は、可能な限り、航路を横切ることを避けるべきであるが、やむを得ない場合には、可能な限り、航路の進行方向に対して直角に近い針路を取って、横切るべきである。

 注2. 海上衝突予防条約第15条:2つの駆動された船舶が衝突の危険のある横切りを行おうとしている場合、その右舷に他船を見る船舶は、避航しなければならず、状況が許す場合には、他船の先を横切ることを避けなければならない。

注3. シンガポール海事港湾局(Singapore Marine and Port Authority(MPA))の2005年第18号の回覧文「衝突を回避する場合におけるVHFの利用に係る注意点」、参照。www.mpa.gov.sg/web/portal/home/port-of-singapore/circulars-and-notices/port-marine-circulars/detail/pc05-18

注4. 海上衝突予防条約第8条(b):衝突を避けるためのコースや速度の変更は、状況が許す限り、それを肉眼で、又は、レーダーにより観察する他船に容易に認識できる程度に大幅なものであるべきである。小規模のコースや速度の変更の連続は、避けるべきである。

以上

和訳: 田中庸介 (弁護士法人 田中法律事務所 代表社員弁護士)

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Date2019/10/21