QCR Winter 2018-8:「他船の過失がなかったら」とのテスト("But for" test)の否認-「苦悩の時間」の抗弁("Agony of the moment" defence)の棄却

THE “TIAN E ZUO” [2018] SGHC 93 HIGH COURT OF SINGAPORE

事実

本件は、「Arctic Bridge」号(「A号」)の船主が、「Tian E Zuo」号(「T号」)の船主に対して提起した、衝突に係る請求です。全ての衝突の事件において、争いのある事実は裁判所の認定に関し重要ですが、本件の事実関係は、特に複雑です。

上記両船は、シンガポールのWestern Petroleum B Anchorageにて停泊していました。T号は、その右舷にバンカー・バージを係留していました。T号の北側には、「Kingfisher」号(「K号」)が、また、その東側には、タンカー船の「DL Navig8」号(「D号」)が、また、そのさらに北東に、A号が存在しました。

T号がその左舷の錨を走錨させる数分前に、港湾当局は、全船に対し、同地域では強風が吹くことを告げ、適切な投錨を行うよう注意すべき警告を発しました。T号の錨が保持することを止めようとした際、同号は、横付けされたバンカー・バージを引きずりながら、船尾方向へ、D号の方へ動き出しました。バンカー・バージがD号と衝突し、その直後、T号もまた、D号と衝突しました。この3船は、それらの係留策が絡まり、また、そのおそれがあったため、離れようとせず、そのまま、アンカレッジにいるA号の方へと漂流していきました。 T号は、その右舷の錨を投錨しましたが、その3船は、漂流、を続け、03時30分に停止しました。

A号は、上記の3船が近づいてくるのを発見し、そこから離れる準備をおこなっていました。03時17分、A号船長は、エンジンの準備を指示しました。03時25分、A号の左舷の錨の揚錨が指示されました。しかしながら、錨の全てのチェーンを揚げるだけの十分な時間はなく、3シャックル分が水中に残った状態でした。03時33分、A号は、T号を離れることができた、とされました。A号は、K号の北を通過し、北西に進もうとしました。しかしながら、A号は、それをすることができず、逆に、K号に近づきました。K号との衝突を避けようとして、A号船長は、03時37分、速度を減少させ、取り舵一杯を指示しました。左舷の鎖に邪魔をされて、A号は、船尾方向に、T号に向かい、03時43分、T号の船首部分を交差しました。その後、03時46分、A号のエンジンが減速前進とセットされました。前方に動きながら、A号は、数秒の間で、T号の船首を通過しました。04時49分、A号は、T号の船首から離れました。A号の意図は、T号、バンカー・バージ、及び、D号との距離を広げることでした。しかしながら、03時50分、A号とT号の錨のチェーンが絡まってしまいました。それにより、T号は、約20分間、A号に引きずられることになりました。その後、A号は、エンジンを、ハーフ・アヘッドからフル・アヘッドとして、エンジン・スピードを増加させました。

04時08分、A号は、別の船「Stena Provence」号(「S号」)と、50mの距離を開けて、並走することとなりました。04時10分、T号の船首が、S号の左舷前方と衝突しました。その衝撃により、T号の船首は、左舷側、A号の方角に向くことになりました。04時11分頃、S号の船首左舷側が、A号に接触しました。その接触後も、A号は、T号を引きずりながら、前方への動きを維持しました。

最初の接触後、T号は、そのエンジン・スピードを緩め、04時18分、完全にそれを停止しました。その時まで、T号は、S号の船尾にありました。T号は、A号に引きずられていいましたが、そのエンジンを停止しました。04時27分、A号は、T号を引きずりながら、S号との間で、第2の衝突を行いました。

A号船主は、錨の走錨を許したというT号の過失がなければ、上記の衝突は避けることができた、と主張しました。T号が走錨せず、A号に近づかなかったら、A号は、安全な投錨地から動くことを強制されなかった、というものです。A号船主は、03時29分から03時31分までの間、及び、03時36分から03時43分の間については、苦悩の時間の原則が適用される、と主張しました。

T号船主は、T号は、03時30分に走錨を止めた時点で、錨泊中の船舶となったこと、また、A号がその錨のチェーンを絡ませ、T号を引きずって錨泊中のS号に近づけた時点においても、T号は錨泊中の船舶であったこと、を主張しました。

A号T号共に、他方が衝突の100%の責任を負うべきことを主張しました。

判決

裁判所は、以下のとおり、判示しました。

  1. A号船主は、走錨を許した点でのT号の過失がなければ、関連する衝突を避けることができた、と主張することはできない。本件は、複合的な過失が関与した事案であり、各々の過失が衝突に寄与したものといえる。
  2. T号が03時30分から望まない曳航が開始されるまで、錨泊中の船舶であった間、A号は、走錨中であったとしても、03時33分以降、航行中の船舶であった。A号には、以下の過失が認め得られる。まず、K号の南を通り抜けることをしなかった。また、03時41分から03時43分の間に、エンジンの停止を指示した点、これにより、A号はT号に近接してしまった。また、前進し、T号の船首を接近した状態で2度、通過しようとした点、これにより、両船の錨のチェーンを絡ませ、引っ掛ける危険を増大させた。さらに、A号は、S号に向かって進んでいたから、全ての期間において、適時に停止することをしなかった点においても、過失がある。チェーンが絡む危険を認識せず、望まない曳航を開始し、継続し、さらには、S号に接近する航行をした点、衝突規則第5条の違反が認められる。また、T号が衝突のコースに存する際の速度と方角を認識しなかった。さらに、T号とS号との、また、A号とS号との、最初の接触の後、さらに衝突の危険があることを認識しなかった。
  3. 苦悩の時間の原則は、適用されない。03時30分、T号は錨泊中の船舶となり、望まない曳航の開始まで、その状況のままであった。T号は、錨泊中は、何らの過失も働かず、従って、苦悩の時間の原則が適用されるような状況は生じない。03時51分以降のA号の過失に関しても、苦悩の時間の状況は生じない。望まない曳航の間、突発的事象も生じていない。A号は、S号に接近する状況においてそれに対応する十分な時間はあったものの、単に、状況認識の欠如と見張りルールの違反により、その対応をしなかっただけである。
  4. T号は、適切な見張りをなさなかったこと、及び、A号に対し、チェーンが絡まること、及び、望まない曳船について、警告をなさなかった点において、過失がある。T号は、望まない曳航の期間中は、錨泊中の船舶とはみなされない。その錨のチェーンが他の船により絡まり、引っ掛けられて、その錨地から離れて、継続的に引っ張られている船は、もはや、その錨を制御することはできないが、航行中の船舶である。第5条の違反があっただけではなく、T号の船長による、04時18分にエンジンを止めるという決定は、T号の制御ができなくなったことを意味する。従って、T号側にも、04時27分におけるS号との衝突について、過失が認められる。
  5. 過失割合の問題として、裁判所は、双方の船に相当な過失があるものと認める。原因となりうる可能性と非難可能性に鑑み、両船は等分の過失が認められ、過失割合は、50対50である。

コメント

Bywell Castle号事件判決((1879)4 PD 219)において定立された「代わりの危険(alternative danger)」又は「苦悩の時間」の抗弁は、寄与過失に対する反論です。この抗弁を主張する船舶は、他の船により強制された状況での緊張下で行動していたこと、それにより、衝突を生起する行動を取ったこと、又は、原告の船の行動が、その過失から生じた危険を避けるために、被告が苦悩の時間において行動を強制されたこと、を示すことができます。「一方の船が、その誤った操船により、他の船を大きな危険のある状況においた場合、他の船は、仮に、誤った行動を取り、完全な技術と認識をもって航行しなかったとしても、非難されない。」とされています。

「代わりの危険」又は「苦悩の時間」の抗弁は、稀にしか、成功しません。衝突規則の文言、特に、以下のとおり規定する第2条(責任)のそれを前提とすると、多くの衝突のケースでは、責任が船舶間で共有ないし配分されています。

「(a) 本規則においては、本規則を遵守しないこと、若しくは、船員の通常の常務により、又は、当該事案における特別事情により、求められる注意不足の結果については、その船舶、船長又は船員は、免責されない。
(b) 本規則を解釈し、順守する場合、航行又は衝突の全ての危険、さらには、差し迫った危険を避けるためには本規則から離れることとなるような、関与した船舶の限界を含む、全ての特別事情に配慮しなければならない。(上記文字の強調は、筆者)。」

第2条によれば、船の責任は、衝突規則を守ることだけではなく、衝突の危険や航行の危難を避けるために必要な全ての行動をとることです。第2条(a)は、船に対して、規則、及び、「船員の通常の常務」の双方を順守することを求めています。これは、船員は、常に、常識を検討することが求められます。第20条(b)は、ルールから離れることが、切迫した危険を回避する唯一の方法であれば、それを許容しています。

以上

和訳: 田中庸介 (弁護士法人 田中法律事務所 代表社員弁護士)

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Date2019/03/13