QCR Spring 2020-3: 物の所有権が移転しなかった場合-リスクの分配-倉庫による受領の意義-物の寄託(bailment)-倉庫の契約中の免責条項-禁反言の原則

事実

5つの売買契約(「本件契約」)に基づいて、Natixis銀行(「本件銀行」)は、商品ブローカー及び販売業者であるMarex社(「本件商品業者」)から、ニッケルを購入することに合意しました。商品は、Access World社(「本件倉庫業者」)所有の倉庫に保管されていました。本件契約は、条件付きの買戻契約の一部を構成していました。それによれば、本件商品業者は、後日、商品を買戻す権利を有していました。

本件契約の第2条(b)によれば、本件商品業者が、本件銀行に対して、「必要書類を引渡すこと、又は、引渡しを試みること」が、契約上の条件とされていました。「必要書類」とは、「倉庫受領書」である、と定義されていました。

第2条(b)に基づき、本件商品業者は、本件銀行に対し、16通の倉庫受領書を引渡しました。その後、16通全ての受領書は、第三者により偽造されたものであることが発見されました。その結果、本件商品業者は、商品の所有権を有せず、また、本件銀行は、一度も、その権利を取得しませんでした。

本件銀行は、英国の高等法院に対し、本件商品業者が商品の所有権を移転しなかったことによる、本件商品業者の本件契約違反に基づく損害賠償請求のための手続を提起しました。同時に、本件商品業者も、本件倉庫業者に対して、契約に基づき、また、不法行為に基づき、請求を提起しました。

判決

商事裁判所(Bryan裁判官)は、本件銀行の本件商品業者に対する請求を全て認め、また、本件商品業者の本件倉庫業者に対する請求を一部、認めました。

本件銀行の本件商品業者に対する請求

裁判官は、本件商品業者は、商品の所有権を移転しなかったこと、及び、「客観的に真実と認められる倉庫受領書」を本件銀行に提供しなかったことにおいて、本件契約に違反している、と判示しました。第2条(b)において、偽造された受領書に関するリスクは、本件商品業者が負担するものとされました。

本件商品業者は、「共通のミス」との抗弁に依拠しようとしました。これは、もし適用されると、契約は無効となり、あたかも契約が一度も存在しなかったかのように、当事者は、全ての過去、及び、将来の義務が免除されます。裁判所は、この抗弁のためには、Great Peace号事件((CA) [2002] EWCA Civ 1407、 [2002] 2 Lloyd's Rep 653、 [2003] QB 679))において控訴院が定立したとおり、以下の要件が満たされる必要がある、と判示しました。

  1. 一定の事象の存在について、共通の認識がなければならない。
  2. 一定の事象が存在することが、いずれの当事者からも保証されていないことが必要である。
  3. 一定の事象が存在しないことは、いずれの当事者の過失によるものであってはならない。
  4. 一定の事象が存在しないことにより、契約の履行が不可能になったことが必要である。

裁判所は、以下のとおり、判示しました。

  1. 当事者間には、共通の認識はなかった。証拠によれば、本件商品業者は、受領書が真実であるとの「積極的な信頼」を有していなかった(上記要件1)。
  2. 裁判所は、本件契約第2条(b)の解釈において、本件商品業者が、受領書が真実であることについて、リスクを負担し、かつ、これを保証するものである、と認定した。この認定だけで、本件商品業者の共通のミスの抗弁にとって大きな意味を持つ(上記要件2)。
  3. 一定の事象、つまり、倉庫受領書が真実のものであるべきであったが、そうではなかったこと、は、本件商品業者の過失によるものであった(上記要件3)。
  4. 偽造が特定されたとき、本件商品業者が、商品と同じ物について真実の倉庫受領書を取得し、又は、作成するための十分な時間はあった。しかしながら、それはなされなかった(上記要件4)。

本件商品業者の本件倉庫業者への請求

裁判官は、以下の理由に基づき、本件商品業者の契約に基づく請求を否定しました。

  • 本件倉庫業者は、本件銀行や本件商品業者に対して、有効な倉庫受領書を渡す義務を生じさせる契約を締結していない。
  • 英国法においては、倉庫受領書は、権限証券ではないから、それにより、物に関する権利を移転することはできない。
  • 「承認(attornment)」が生じるまでは、倉庫と、物を占有する権利を有する者との関係は、寄託(bailment)である。承認は、倉庫の運営業者が倉庫受領書の被裏書人に対して、被裏書人のために、又は、その者の指示により、物を保有することを認めた場合に、生じる。
  • 本件倉庫業者と本件商品業者との間では、本件倉庫業者からの対価がなく、また、契約を結ぼうとするその意思がない場合において、保証を含むような片務的、又は、双務的な契約は、存在しない。
  • 本件倉庫業者は、その認証のためのイーメールにより、受領書の有効性を否定することを、禁反言の原則により禁じられるわけではない。禁反言に基づく主張は、契約のない場合に認められる。そうでなければ、禁反言の原則は、盾ではなく、矛として利用されうるが、それは許されるべきではない。

本件商品業者は、本件倉庫業者に対する、過失に基づく不法行為による請求について、一部、認容されました。

  • 本件倉庫業者は、受領書が偽造であることを特定しなかったことにおいて、また、その受領書が真正ではないにもかかわらず、真正であると、不注意により表明したことにおいて、過失があった。受領書の真正を認めることにより、本件倉庫業者は、本件商品業者に対して負う注意義務に違反し、その経済的損失について、責任を負う。
  • しかしながら、本件倉庫業者は、その標準約款における、過失による責任を制限する条項に依拠することができる。本件商品業者は、それらの条項が免責や責任制限を含むことに気づくべきであったからである。責任制限や免責に有効に依拠することのできる要件は、合理的な通知があったかどうか、である。事実関係によれば、本件商品業者は、十分な通知を受けていた。

コメント

本件は、世界的な倉庫業界における、複合的な紛争に関するものです。しかしながら、本件判決は、様々な法的概念と抗弁について、詳細な分析とガイダンスを提供し、他の業界における紛争についても役立つものです。

共通のミスの抗弁が成功することは稀ですが、メンバーにおかれましては、契約において、全てのリスクが当事者間で明確に分配されていることを確保すれば、そのような抗弁が自己に不利に働くことはない、という点をご理解されるべきでしょう。

また、本件倉庫業者が、その標準約款が当事者間に契約関係を生じさせないと判断された場合において、(過失に基づく請求について)その標準約款における責任制限から利益を享受することができる、とされた点にも、着目されます。

最後に、予断として、本件商品業者とその保険者が秘密保持契約を締結したため、2015年保険法に基づく公正な表示義務について、裁判所が初めて検討する機会は、失われました。保険者は、本件商品業者は、その業務や取引の重要な状況について開示しなかったから、保険の義務を回避することができる、と主張していました。

以上

Staff Author

PI Club

Date2020/04/09