Exxon Valdez 座礁事故

概要
1989年3月24日、VLCCエクソン・バルディス号(E号、Exxon Valdez、214,861dwt、船齢3年)が、原油約20万トンを満載し、アラスカのPrince Willian 海峡のBligh Reefに座礁し、約41,000KLの原油を流出しました。この油流出により2,400kmにわたる海岸線が汚染され、米国沿岸での過去最大規模と言われる海洋汚染を引き起こしました。船体の推定損害額は2,500万ドル、流出原油の推定額は340万ドル、1989年に限った流出原油除去費用は、18億5,000万ドルに及びました。この事故を契機として、IMOにおいて事故の再発防止対策が検討され、タンカーに2重船殻構造が強制化されました。
図-1 ターミナルから座礁位置までの概要図
経緯
22日
2335 ターミナル着桟
23日
0505 積荷開始
1030 船長、機関長 通信士上陸
1924 積荷役了、積高 200,500mt
2020 パイロット乗船、2隻のタグボートを使用
2030 船長帰船
2100 船長、一等航海士、パイロットにより船橋にて離桟作業開始
2112 全係留索放され、出港
2121 離桟作業終了 タグボート1隻が本船のエスコート開始。一等航海士から三等航海士(3/O)へ当直交代
2324 パイロット下船 (Rocky Point沖)
2325 船長がVTSへ連絡の後、船速を16ノットに増速
2326 航路上に流氷があり、回避のため入域用のレーンを横切り航路外へ離脱することをVTSへ連絡
2331 流氷レポートをVTSへ連絡(2回目)変針<200> 船速12ノットに減速
2339 変針<180>
2350 船長によりAuto-Pilotにするよう指示あり、180度に変針してから、「Gyro」ボタンを押す(操舵手証言)
2352 船長から3/Oへの指示 :「送信しなければならない事項があるから船橋を降りる。Busby島灯台左舷正横で航路に復帰するよう操船せよ」と言い残して降橋。3/OはBligh Reefと流氷間距離が0.9マイルと認識。手動操舵に切り替えるため手動操舵ボタンを押す(3/O証言)
2355 Busby島灯台正横を左舷ウイングで目視計測、船位を海図に記入
2357 右舵10度を指示、「実際に転舵したかどうか、舵角指示器で確かめたどうか思いだせない」と証言。船長へ変針の報告をする。
2359 その後船首方位が変わっていないのに気づき右舵20度を指示。
24日
0001 船首は右に回頭していたが、レーダー上の航跡は未だ<180>であったので、右舵一杯(35度)を指示。
0002 船長へ緊急事態を報告、報告後抵触を感じる(筆者注:2357時以降の時間記述は推定)
0009 座礁(コースレコーダー記録による)
図-2 Exxon Valdez の航跡
分析
1. NTSB(National Transportation Safety Board)による事実認定
NTSBは本事件に対し、関係する機関の対応や行動に関し、事実認定(Finding)として、47項目を挙げています。その中で、特に本船に関係するものを次に示します。
- 流氷を避けるため、航路を離脱した船長の決断は合理的である
- 氷群とBligh礁の間を航行するには、2名の航海士(操船指揮者と航海士)が必要である
- 3/Oを当直責任者として船橋に残すという船長の決定は、Exxon Shipping 社(E社)方針から、及び航行の困難性から、不適当である
- 船長の判断力は、Valdez水路を通行するという重要な時期に、アルコールのため鈍っていた。
- 3/Oは、23:50時頃、船長から航海当直の責任を受け継いだ時点では、疲労のため、動作は完全では無かった
- 3/Oが回頭を失敗したのは、過大な仕事量と疲労の結果であろう。そのため、Bligh礁の位置について認識を失った
- E号の座礁数分前、Busby灯台の赤色分弧内にいた。これは、岩礁の警告であるが、3/O及び見張員は気づかなかった
- E号が出港する時点、同船には休養が足りていて、航海当直に、立ち得る航海士はいなかった
- E号の乗組員と同様の疲労条件は、他のE社の船舶にも存在する。3名の航海士を乗船させ、定員削減を目指している
- E社は、船長のアルコール中毒のリハビリ後、同船長のアルコール乱用の監視に適切さを欠いていた
- E社は薬物依存対応のための十分なプログラムが無い
- E社の配乗方針は、乗組員削減による労務負担増大について適正に配慮していない
2. NTSBによる調査
2352時に船長が船橋を去ってから約10分後に抵触、座礁に至りました。本件には後述するように多くの問題がみられますが、事故の直接の引き金となった操船に関し、この10分間に何が起きたかを、NTSBの調査からみてみましょう。
1) 3/Oの証言
- 本船がオートパイロットであることを、2350時の操舵手交代時初めて知った。なぜ、オートなのか、船長と話し合わなかった
- 船長が船橋を降りるとき、船長と私は一緒に海図を確認しておらず、船長が私に何を期待しているのかを確認しなかった。
- 数分後には変針するので、操舵スタンドに行って、オートパイロットから手動操舵に切り替えるために、手動操舵ボタンを押した。コンソールのインディケータが点灯し、操舵系は手動操舵を示していた。
- 船首方位が変わっていないことに気づいて、舵角20度とした。しかし、発令した時、舵角が何度だったか、思いだせない
2) 操舵手証言
(座礁数日後)
- 私が2000-2400時当直と交代した時、オートパイロットかどうか、思いだせない
(公聴会)
- 私が当直交代のために船橋に上がった時、前直の操舵手がオートに切り替えるため、“ジャイロ”ボタンを押すのをみた
- 私が、手動操舵に切り替えるためにボタンを押そうとしたら、3/Oが押した
- 右舵角一杯を発令したときの3/Oは、パニック状態だった
- 船は右回頭していたし、針路が235度か245度だったかはっきり思いだせないけれども、右回頭を止めるための当て舵をとっていた状態だったから、右舵角一杯という命令は予期していなかった。
- 私は転舵命令(複数)受けたが、針路の指示はされなかった。
3) コースレコーダー記録
- Busby灯台を通過する前は、3人の証言により自動操舵であったことが確認された。
- それまで手動操舵から自動操舵への切り替えの痕跡も、自動操舵から手動操舵への切り替えの痕跡も読み取れない。
- SRP-2000(操舵機)の舵輪は、船が自動操舵航行中も、「自由」に回すことができるが何の効果も無く、警報も鳴らない。右舵角10度をいう指示を受けた操舵手は、舵輪を回したが実際には舵を動いていなかった。
- コンピューターシミュレーションからは、旋回は10度以上の舵角を使ったという証拠は出てこない。針路247度までの旋回は、右舵角4度から5度で行われた。3/0と操舵手は、右舵角10度の命令が実行されていないことに6分間(2355時~0001.5時)気付かなかったということであろう。
- 3/Oは、本船がBusby灯台正横を通過してから4~6分間、海図テーブルにいたことはほとんど明らかである。
- 3/0の証言、「右舵角10度を発令してから、1.5分後に20度、さらに2分後に右舵角一杯を発令した」はコースレコーダー記録からは追証できない。
関係者の証言には矛盾することがいくつかありますが、NTSBは、3/Oのこれらの行動について次のように結論づけました。「3/Oの回頭開始遅れの原因は、操船経験と船位確認作業の練度の不足、疲労、あるいはこの両者によるものと考える」
3. 原因分析
事故原因については、本件に関わる多くの機関、関係者にあるとしていますが、ここでは、船長と航海士の不安全行動及び不安全状況についてのみ検討します。
1) 船長の行動
- アルコール問題
船長は上陸中、複数の証言からアルコール飲料(ビールやウォッカ)を飲んだと言われていますが、どのくらいの量を飲んだかは分かっていません。
また、事故後の0335時頃乗船したMSO(海上安全事務所)の調査官は、船長の呼気にアルコールのにおいがあり、「強い熟柿臭いアルコール臭」と表現しています。調査官は船長公室のゴミ箱にビールの空き缶2本があったと報告しています。これらの状況から、船長の操船指揮に関し、何らかのアルコール影響があったということは間違いないでしょう。
- 航海前のブリーフィングと航海計画
船長が上陸から帰船したのは、出港30分前であり直ちに出港作業に入りました。航海士及びパイロットを交え、航海計画に関する事前打ち合わせを実施していませんでした。また、パイロット下船後、流氷によりTSS(Traffic Separation Scheme)を離れ反対レーンに入りますが、この航海計画の変更に関し、具体的な作業(海図上のコースラインの変更や航海士への指示)をしていません。このことは、本座礁事故原因の中でも、非常に重要な瑕疵となるでしょう。
- 降橋及び3/Oへの指示
狭い水道を通過する数分前に船長が船橋を離れ、航海士に単独で操船を委ねるという行為は、決して許されるものではありません。これは本件の主因であると言えるでしょう。また降橋の際、3/Oに対し、明確な指示もありませんでした。
2) 3/Oの行動
- 船位の取得
Busby灯台正横時に目視での位置によって、操舵指示をしましたが、目視での位置確認の前には必ず、本船位置を測得し左右偏移の確認をしなければなりません。この場合、パラレルインデックスによる確認も有効な手段の一つとなります。
- 舵角の確認
当直航海士(及び操舵手)の最も重要な作業の一つとして、操舵の際、舵角指示器を確認し、指示どおりに舵が作用したかを確認することがあります。これは現代の船上にあるハイテク機器を使用しての航海においても、海上の黄金律ともいうべきものでしょう。
NTSBによる推定原因と勧告
1) 推定原因
NTSBは、本件の推定原因として次項を挙げていますが、各機関にまたがりながらも非常に簡潔にまとめられています。
- 3/Oの疲労と過重労働のため、不適切な操船
- 船長は、アルコールによる機能低下のために、適切な航海当直の編成を怠る
- E社は、適格な船長、及び休養のとれた十分な船員の配乗を怠る
- 航行管制に関し、不適切な設備と職員の技術レベル、不適切は職員の訓練、不十分な管理監督のために、有効なサービスが欠如
- 有効な水先業務の欠如
2) 勧告
NTSBは、再発防止のため、多くの関係者に勧告を行っています。Exxon社に対しては、次の4点の勧告を発しました。
- 船員に対し、安全運航を脅かし、疲労の原因となる長時間労働を奨励する人事管理方針を廃止せよ
- 荷役作業中に、乗組員が著しく長時間、作業に従事することを避ける配乗方針を執られよ
- 航海士に対し、6時間毎の当直、休息となる当直及び荷役体制を禁止する方針を文書化せよ
- Prince William海峡においては、指揮及び航海のため、2名の航海士を立直させよ
- アルコールドラッグプログラムを策定せよ
また、他の機関に関しての勧告も多くだされていますが、ここでは参考までにその中で特記するもののみ示します。
米国沿岸警備隊(USCG)
- 疲労対策規則の厳格な実施と乗組員定員の見直し
- アルコール問題の検討
- 狭水道における船位記入の方針確立
- 船舶交通管制センターの改善(要員、装備等)
環境保護庁
- 連邦緊急対策方案の改善
- 現場裁量の改善
アラスカ地方対策チーム、アラスカ州、バルデス基地
- 対策指針の改善
- 緊急対策用資材、その運用の改善
米国地質研究所
- 氷河の監視強化
運輸省
- 労働環境、労働管理の研究
- 事故後検査(アルコール等)を含め、あらゆる輸送モードでの検査規則の改善
温故知新 (Lessons from this accident)
本件を検討してわかることは、多くの関係者や機関による瑕疵や怠慢が事故原因になっています。ここでは、的をしぼりあえて乗組員へのLessonsとして、次の4点を挙げたいと思います。
- 狭い水道における船長の昇橋
- 航海計画の実施、及び変更手続き
- 転舵の確認
- 操舵装置使用に関する習熟
Capt. A. J. Swiftは、著書 Bridge Team Management (Nautical Institute)の中で、乗揚げの原因について次の8項目を挙げています。Exxon Valdez座礁事故の原因について検討すると、これらすべての項目が該当することがわかります。
① 航海計画 :航海計画をたてず、航路を海図に未記入
② 航路監視 :計画航路に沿った船舶進行の適切な監視
③ 航路復帰 :編位修正に対する速やかな対応
④ 2種類の手段による測位
⑤ 目視による測位:視認による船位決定
⑥ 音響測深儀 :制限海域における余裕水深の評価
⑦ 灯火の特定 :灯火の正しい識別、誤認から混乱へ
⑧ 決定事項の確認 :増員航海士等による独立したチェック
先人の教訓はいつの時代でも通用するものです。
<参考資料>
・NTSB報告書(NTSB/MAR-90/04)https://www.ntsb.gov/investigations/AccidentReports/Reports/MAR9004.pdf
・ブリッジチームマネジメント(BTM研究会、成山堂書店)
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