QCR Summer 2021-1: PIクラブの保証状(Letter of Undertaking)‐専属的英国管轄約款‐シンガポールでの責任制限手続の保証状に対する影響

PIクラブの保証状(Letter of Undertaking)‐専属的英国管轄約款‐シンガポールでの責任制限手続の保証状に対する影響
2019年12月23日、マルタにおいて、その国営電力会社であるEnemaltaが設営する、Sicily海峡にある交流高電圧電流接続用の海底ケーブルの損傷により、全国的な停電が発生しました。原告は、その損傷は、シンガポールに所在する船主が有する船舶「DI MAETTEO」号によるものである、と主張しました。本船は、被告たるPIクラブ(「クラブ」)に加入し、左のクラブは、通常の文言により、英国法に準拠し、英国の高等法院を専属的な管轄裁判所とする保証状(「本件保証状」)を発行しました。本件保証状は、差押えがなされる前に、関係者間で協議され、また、発行されたものです。また、とりわけ、主張された事故は、港や、海域内において発生したものではなく、公海において発生したものでした。
船主は、シンガポール高等法院において、1996年責任制限条約よりも低額の責任額を定める1976年条約に基づき責任基金を設立することを求めて、また、効力を有する全ての担保を失効させる命令を求めて、責任制限手続を開始しました。その後、Enemaltaは、マルタの裁判所において、その請求権について、船主に対して裁判手続を開始しました。英国同様、マルタも1996年条約の締約国です。英国もマルタも、共に、1976年条約を廃棄していました。
本件保証状に記載された責任の最高額は、1996年条約に基づき適用され得る限度額に従い、計算されていました。本件保証状に基づく責任限度額は、2100万ユーロを超える金額が規定されていました。他方、1976年条約に基づく命令により確保されうる最高額は、577万ユーロでした。
判決
原告は、本件保証状の性格について、英国の裁判所から、次のような確認を得ようとしました。
- 本件保証状の有効性に関する全ての紛争は、英国高等法院においてのみ、英国での手続において、英国法を適用して、解決される。
- 本件保証状は、原告とクラブとの間の有効かつ拘束力のある契約であり、無効なものではない。
- クラブそれ自身が、又は、(船主たるメンバー、若しくは、その要請による他のメンバーによる手続の場合を含む)その代理人が、本件保証状の有効性を争おうとする場合には、英国裁判所における手続においてのみ、それを行うべきであり、クラブ、又は、その要請による異なる手続は、本件保証状の違反を構成する。
- 上記2と異なる判決がシンガポールの裁判所によりなされたとしても、本件保証状の英国法上の有効性は妨げられず、同法が本件保証状の準拠法でありつづける。
クラブは、差押えられた船舶やその他の担保に関する決定に関し、シンガポールの裁判所が、1976年条約第13条(2)に基づく決定をなす唯一の、独占的な管轄権を有するとして、英国裁判所の管轄について異議を申し立てました。左の条項が、唯一、英国の裁判所の管轄に異議を申し立て得る根拠でした。
この被告による、英国の管轄に対する異議は、否定されました。裁判官は、英国法上の問題として、本件保証状は、シンガポールの裁判所の管轄内にある担保ではないという点を「真摯以上により強く」主張することができる、と判断しました。それは、1976年条約のいかなる締約国の管轄内において差押えられた船舶その他の資産ではなく、また、1976年条約のいかなる締約国の管轄内において差押えられた船舶その他の資産を解放するために提供された担保でもありません。物理的な所在が重要である限度において、本件保証状はマルタに存在し、同国は1976年条約の締約国ではありません。しかしながら、より確実なこととして、英国法によれば、本件保証状は英国に所在するものとされるでしょう。英国は、当事者間の合意により、本件保証状に関し、独占的な管轄権を付与された国です。また、1976年条約の締約国でもありません。
第13条(2)の解釈については、裁判官は、先のICL Shipping Ltd対Chin Tai Steel Enterprise Co Ltd(「ICL VIKRAMAN」号)事件([2003] EWHC 2320 Comm)におけるColman裁判官の判断を引用しました。同裁判官は、第13条(2)の第1文の最後の文言「そのような国」とは、本船が差押えられた国や担保が提供された国の如何にかかわらず、責任制限基金が設定された国を意味するものではない、と述べました。さらに、1976年責任制限条約は、1締約国(本件ではシンガポール)の裁判所に、締約国ではない国(本件では、マルタか英国)の管轄内における資産その他の担保の処分について、決定により干渉しうる権限を創設するものではない、とも述べました。
コメント
裁判所は、英国法上の問題として、シンガポールの裁判所は、本件保証状を失効させるような管轄権を有さないもの、従って、英国の手続で求められた保全的な確認を原告が申し立てるに適した裁判所ではない、と判断しました。本件判決は、保証状における独占的管轄約款に対し、その基となる請求権の担保としての効果を付与するという、英国の裁判所の態度を浮き彫りにしました。裁判所は、保証状は、完全に、当事者間の自主的な契約であり、従って、保証状における管轄約款に規律されるべきことを明確にしました。
本判決は、責任制限手続との関連で管轄に関する議論に巻き込まれるであろうメンバー各位におかれては、関心のあるところと思われます。
以上
和訳: 田中庸介 (弁護士法人 田中法律事務所 代表社員弁護士)
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