航海計画策定と堪航性
航海計画策定と堪航性
トーマスミラー(株)
Senior Loss Prevention Executive
関根 博
1.概要
2020年3月4日、英国控訴裁判所は、CMA CGM Libra の座礁事故に際し、出港前の航海計画が不適切であったとして、座礁時堪航性がなかったという非常に注目すべき判決を言い渡しました(注-1)。
本船はブイのある水路の外側を航行し、海図水深30メートルを超える海域にある浅瀬に座礁しました。 その浅瀬は当時利用可能な紙海図(アドミラルティチャート)には記されていませんでしたが、最近の水路通報では、港への進入路において海図水深よりも浅い水深が多数存在することを警告しています。
本船の航海計画では、本船がブイのある水路から離れることを計画しておらず、また 海図水深より浅い水深の存在によって生じる危険警報に関し、明確に記載されていませんでした。
本件では、共同海損が宣言されましたが、貨物関係者の92%は、分担金を負担しましたが、8%はこれを拒否しました。彼らは、安全ではなく、かつ、不注意に準備された航行計画が船舶を不堪航にし、海難が発生したこと、及びそれ自体、提訴可能な過失があったとの抗弁を有する、主張しました。
裁判所は適切な航海計画の不在が座礁の原因であり、同船は出港時堪航性が無い状態であったと指摘しました。
すなわち、同船は、ヘーグルール第III規則1(Hague-Visby)で要求されているように、船舶の堪航性を維持するため、船主がデユーデリジェンス(適切な注意義務及び努力)を行使する義務に違反していると判断しました。その結果、貨物利害関係者は共同海損の分担金を支払う責任はない、としました。(注-2)
従来、航海者は出港前の航海計画策定は重要であると認識していましたが、今回の判決では、それをさらに踏み込み、法的にその不備は、堪航性が無いと判断したものです。
(注-1)
2019年3月、第一審の英国海事裁判所(English Admiralty Court)は、貨物関係者が、因果関係を有する不堪航性を立証したこと、及び船主が船舶の堪航性維持について適切な注意義務を実行したことを立証できなかった、と結論付けました。 それは、裁判所が認めたように、確立された法律の規律を本件の事実に適用した結果です。これは堪航性に関する伝統的な基準、すなわち、適切な航海記録は堪航性の側面であり、適切な注意義務を実行する義務は他社に委任できない性質を有する、という原則です。これに対して、船主は、どのような法律が適用されたかについて上訴しました。
(注-2)P&Iでは、これら損害をカバーします(下記参照)。
UK P&I Rule 2
Section 19 Unrecoverable general average contributions
2.事故概要
1)本船概要
船名
:CMA CGM Libra
船種
:コンテナ船
竣工
:2009年韓国
諸元
:全長353m、幅45.66m(post panama)、夏季満載喫水15.524m
:171,371DWT、96,875BHP(104rpm)、最大速力24.7kts
装備
:ARPA、ECDIS、BA版紙海図及び水路書誌
2)航海計画
航海計画は、2等航海士が担当し、船主支給の計画書と本船海図を使用して作成されました。船長は、この航海計画を出港前日の5月17日に確認署名しています。
①
コースライン(下図参照)
水路は、海図上に破線で示されており、灯標が設置され、水路幅は300m、海図における水路水深は、19mから31mと示されています。
航海計画で示されたコースラインは、ブイ15からJiujie岩礁まで、次のとおりです。
・ブイ15付近、同ブイを左にみるように水路の右縁を通過
・水路の左縁を目指し、危険浅水域を示すブイ14-1を右にみて通過
・ブイ14まで、水路内を航行、同ブイを右にみて通過
・そのままJiujie 岩礁東2ケーブル沖まで、水路左縁を航行
(参考-1)本船は、Jiujie岩礁西1ケーブルで座礁
(参考-2)ブイ15から座礁地点まで、約2マイル
②
水路通報
2010年12月英国水路部発行の水路通報NM6274(P)/10には次の記載がありました。
・水路の最小水深は14m
・ブイ14-1の周囲は危険海域として記載、これは、水路内の海図水深14.9mの地点まで続く
・水路の西端にあるブイ15の西側は危険海域であり、これは海図水深15.9mを示す地点まで水路内に広がっている
・海図水深より小さい水深が多く、厦門へのアプローチには存在
CMA CGM Libra 座礁参考図(裁判資料を参考に作成)
3)事故概要
本船は、5月18日0133時に、喫水15.15m(squat約1.8m(12kts))をもって、厦門港(潮高約5m)を出港し、水路に向かいました。
0220時
ブイ15を左舷にみて通過、舵を徐々に左に切る
0222時
船長「前方の沈船をさけるため水路の左側に行かなければならない」と言い、船長は水路の左に行こうとする。(進路131度)
0225時
船長「OK、右に行こう、進路138度」
0228時
さらに右舵をとり、進路170度となる
この40度近い変針の目的は、ブイ14-1、及びその周辺の危険海域を左舷にみて通過しようというもの
これにより本船は、破線でマークされた水路の外に出る
0228時
+
船長は、左舵一杯を指示し、ブイ14の前に水路に戻ろうと
した
0230時
右舵一杯を指示、船長「水路に入る時間が無い」
このときの船長の意図は、Jiujie Jiao の岩礁及び浅水域を左にみて通過し、
その後水路に入ることであった
0232時
2/O位置取得、水路外縁の西約2.5c、ブイ14を左舷に通過
0234時
速力5ノットに落ち、水深が急速に減少
0235時
舵や機関を何度な使用したが、船長は座礁を確認
本船座礁位置は、海図水深30m以上の海域でしたが、実際はJiujie Jiao岩礁と30m等深線上に記載された1.2m水深の間であり、水路外縁から4ケーブル西でした。
3.分析
1)船長が水路を出た理由
船長は0225時水路を出ようとしましたが、これに関し次のような証言をしています。
「前日厦門に入港のため北西方向に向かっていたとき、VTSが水路の東側前方には、浅水域があるという警告を思いだし、ブイ14-1に接近しているとき、港サイドに出ようと決断しました。そして、ブイ14-1通過後、再度水路に入ろうとした時、本船が深喫水及びトリムゼロのため、操縦性(舵効き)が悪く、本船が左舷に早く戻るという十分な反応が無いのに気づきました。それで、前方の水面上に見える岩礁を避けるため、そのまま進み、Jiujie岩礁の西側を航行しようとしました。そして、海図で水深40-35mと示されていた水路の外側に出て、その後水路に戻ろうと思いました。」
ブイ14-1からJiujie岩礁まで1マイル程度であり、この短い距離の中で、また浅水影響も予想される海域で、大型船においてこのような繊細な操船は無謀としかいいようがありません。
また、突然の航海計画の変更であり、同計画変更に関し、詳細を検討、評価もされていません。
第一審では、「適切な航海計画は、航行中、不適切な、その場限りの意思決定を防ぐために作用する」と述べられていますが、これはまさに、「その場限りの意思決定」と言わざるを得ないでしょう。
2)航海計画
航海計画の目的の一つは、危険海域や危険の原因を識別することであり、海図への必要情報の記入は非常に重要なものとなりますが、本事故は次の2点の怠慢が明らかです。
・水路通報NM6274(P)/10 考慮せず
航海前に全ての水路情報について確認、必要なら海図や航海計画図等に記載するのは船員の常務ですが、これが実施されていません
・no go area 記載無し
No go areaの記載は、各社のSMSマニュアルにも明記されていることですが、これが無いということは、海図に「安全な」海域と「安全でない」海域の可視化が、事前に評価されていないことを意味します。
また、これは本船での常態であることを考えると、船長、あるいは船舶管理会社(船主)の責任も重いものです。
3)船橋マネジメント(BRM/BTM)の欠如
船長がなぜ海図のコースから離れるのか説明せず、また2等航海士はその理由を聞かなかったことは、周囲に船舶が輻輳していたという事情もありますが、本船では良好な船橋マネジメントが図られていたとは言えないでしょう。
4.結論
1)不堪航性
今回の審判で本船には出港時堪航性が無かったという根拠は、次に示すヘーグルール(The Hague-Visby Rules)にあります。
Article III
1.
The carrier shall be bound before and at the beginning of the voyage to exercise due diligence to:
(a) Make the ship seaworthy;
(仮訳)
1.運送人は、航海の開始前および開始時に、次の事項に対する適切な注意義務を実施する義務があります。
(a)船舶の堪航性を確保する
本船は、航海計画に不備があったため、厦門からの航海の開始前および開始時において、堪航性はないとし、 その航海計画の不備は、船舶の座礁の原因であるとしました。
すなわち、出港前に、船主(船長と二等航海士)は合理的な注意を払うか、適切な注意義務を行うことにより、必要な警告をチャート上に慎重にマークした航海計画を作成しなければなりませんが、これを怠ったとしています。
なお、控訴審では、出港前に航海を計画する際の不備は、堪航性ではなく航海過失とすべき、とした船主の主張も断固として拒否されました。
実際には、この裁判では、海図を完全に最新の状態に保つこと(水路通報の一時および予告通知の適用を含む)を確実にし、特に意図した航海が、困難かつ制限海域での航行を含む場合に、注意深い正確な航海計画が実施されることが、船主にとって必要であることが主張され、また強調されました。
その結果、本船の座礁は船主の過失によって引き起こされたため、貨物関係者は共同海損に寄与する責任を負わない、と結論つけました。
2)評価
本判決は、船主、航海者にとって思いもよらないものであり、注目に値するものです。
発航前の準備の重要性に関しては、議論の余地は無く、これは国際ルール等で規定されており、SMSにおいては、出港前の準備として航海計画の策定はもちろんのことと、出港前のチェックなど詳細が記述されています。しかしながら、出港前の安全チェックを例にとると、その一あるいは複数が実施されていない、また確認が間違っていた場合、そしてそれが事故の原因となったとき、堪航性無し、と問われるのか、非常に難しい問題です。
特に今回のケースでは、水路通報の予告通報(Preliminary Notice)を考慮に入れてないために、航海計画策定の不備(加えてno go area 不記載)とされたものでした。
今後、本件が判例となり船主や航海者にとっては厳しいものとなりますが、発航前の準備に関しては、航海計画の策定以外のどの範囲まで、またどのような詳細項目にまで適用されるのか、研究の余地は残るものと思料します。
いずれにしろ、船主、航海者は従来同様、航海前の準備については、航海計画の策定を含め、あらゆる事項について、深甚な注意を要し、慎重に準備をすることが求められます。
以上