「FuelEU Maritime」など脱炭素化の規制に海運業界が適応する中、液化天然ガス(LNG)、低硫黄燃料油(VLSFO)、船舶用ガスオイル(MGO)を燃料とする二元燃料船や三元燃料船の導入が進んでいます。これらの船舶は、燃料の柔軟性と規制遵守の面で優れている一方で、特に従来型燃料の保管や取り扱いにおいて、新たなクレームの傾向や運用面での複雑化を招いています。バイオ燃料の導入により、燃料管理における複雑性がさらに増し、管理体制の一層の強化が必要とされています。
法律事務所HFWは最近の記事で、LNG二元燃料船における燃料劣化に起因するクレームの増加について取り上げています。これは、船舶が主にLNG燃料で運航されることで、VLSFOなどの従来型燃料が長期間保管されることになり、その間に燃料が劣化してしまうことで発生します。結果として、デバンカリングが必要になったり、機器に不具合が生じることがあります。
このような事例は、UKクラブが最近対応したクレームでも見受けられます。これらの問題は、特にVLSFOが船内で長期間保管されている場合、運用面で複雑になり、法的にも慎重な判断が求められます。
現場での実情
リスクの全体像をより正確に把握するため、二元・三元燃料エンジンを搭載するLNG船の運航者3社にお話しを伺いました。3社の経験から、さまざまな戦略や現場で直面する制約が明らかになりました:
- 3社の運航者のうち1社は、VLSFOの使用を完全に避ける方針を取っており、その理由として、保存期間に加え、品質の悪い燃料によるエンジン損傷やコンタミネーションへの懸念を挙げています。用船者からはVLSFOの使用を求められている一方で、LNG燃料不使用時にはMGOのみを使用しています。
- 3社の運航者のうち2社は、VLSFOの使用を継続していますが、安定性を向上させるために添加剤を使用しています。VLSFOを6か月以内に消費することを目指していますが、スラッジの発生や微生物の繁殖、追加のろ過や浄化の必要性など、取り扱いや保管に関する多くの問題を報告しています。
このような運用状況では、燃料が数か月前に供給され、消費状況の適切なモニターが行われていない場合、船主が燃料品質に関するクレームを主張するのは一層難しくなります。
技術的および法的リスク
HFWは、特に長期保管されたVLSFOを二元燃料船で使用する際のリスクが高まっていることを強調しています。高硫黄燃料油(HSFO)は最長2年間の保管が可能ですが、VLSFOはわずか3~6ヶ月程で劣化し始める傾向があります。燃料の劣化は、スラッジの発生やエンジンの損傷など、深刻な運用上の問題につながる可能性があります。
燃料は通常、用船者が供給し、引き渡し時点でその品質や適合性を保証します。ただし、その後の燃料の状態に関する責任は、標準的な定期用船契約条項では必ずしも明確に定められていません。標準的な条項では、長期保管中の燃料品質の監視における責任の所在について、十分に明確化されていないケースが多く見受けられます。
とはいえ、船主が一切の責任を免れるわけではありません。ISMコードに基づき、船主は、安全管理システム(SMS)を導入することが求められており、その中には、燃料管理の徹底や重要機器の監視が含まれています。劣化した燃料が起因となって事故が発生した場合、船主はベイルメント(bailment、寄託)義務に基づき責任を問われる可能性があります。この義務では、燃料に対して適切な注意を払うことが求められています。また、SMSやPMS(保守管理システム)が適正水準を満たしていない場合、デューデリジェンスの観点からも責任を問われる可能性があります。
損害防止策
法的な観点および実務上の課題を踏まえ、リスク低減のため以下の対策を推奨いたします:
- 燃料の劣化防止:
- 配管の構造が許す場合、油水分離を防ぐため燃料を定期的に循環させる。
- 貯蔵温度を適切に保ち、燃料タンクには温度警報を発する装置を備え付ける。また、用船契約条項において、燃料の流動点および曇り点に制限を設ける。
- 水分の蓄積や微生物の繁殖を抑えるため、タンク底部の定期的な排水を行う。(ただし、すべてのタンクで実施可能とは限らない。)
- 添加剤の使用を検討する。(ただし、エンジンメーカーの承認を得ている場合に限る。)
- 定期的なタンク清掃と併せ、水分の検知ペーストなどの監視ツールを使用する。
- 劣化の早期検出:
- スラッジ、変色、異臭などがないか、目視による検査を実施する。
- 目視による検査に加え、3~6か月ごとにラボで燃料油のテストを行う。
- 粘度、全潜在セジメント(TSP)、水分含有量、微生物混入の有無、全酸価(TAN)などの主要なパラメーターを監視する。
- 劣化または古くなった燃料の取り扱い:
- 実施した燃料の劣化防止措置については、写真による証拠や試験結果などを含め、漏れなく詳細に記録する。
- 劣化または古くなった燃料に関する問題が発生した場合、速やかに用船者およびクラブへ通知する。
- 複雑なケースでは、燃料の専門家に相談し事態を分析したうえで、今後の対応について助言を受ける。
結論
複数の燃料の使用に伴うリスクの変化に対応するため、用船契約書を見直し、内容を明確化することが推奨されます。環境規制に適合した船舶として、二元燃料船や三元燃料船が急速に普及しつつある中、船主と用船者は、実務面および契約面の双方で燃料管理について連携する必要があります。燃料の受け渡し時に品質のみに着目するのでは不十分であり、船内での保管、モニタリング、対応手順の一連が運用上の信頼性を確保し、クレームへの備えとして重要な要素となっています。
本件に関するHFWの分析に感謝いたします。SMSの更新、契約書のレビュー、または個別の事案に関するご相談については、クラブの担当者までご連絡ください。