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Akshat Arora
Akshat Arora
Regional Loss Prevention Director, Singapore
Date
2026 10月 1

はじめに

国際的な海事責任制度においては、長年にわたり、油濁、船舶燃料油による汚染、沈船の撤去に関する確立された責任および補償の枠組みが整備されてきました。しかしながら、海上輸送中の危険有害物質に関わる事故から生じる損害については、重大な空白が残されていました。今その空白が埋められようとしています。

2027年11月29日、「1996年の危険物質及び有害物質の海上輸送に関連する損害についての責任並びに損害賠償及び補償に関する国際条約」を2010年議定書により改正した、通称「2010年HNS条約」が発効します。同条約は、危険有害物質(HNS)の海上運送に関連して生じる損害を対象とする初の専用の国際的な責任および補償制度を初めて導入するものです。

これまで、危険貨物事故から生じる損害は、各国の国内法、契約上の取決め、および一般的な海事責任制度を通じて処理されることが少なくありませんでした。本条約は、補償対象となる請求について、より体系的かつ統一的な枠組みを導入するものであり、国際的な責任および補償制度をより完全なものとするための重要な一歩です。

なぜ今なのか?

本条約は、2026年5月にすべての発効要件が充足されたことを受け、18か月の導入期間を経て、2027年11月29日に発効します。この進展は、国際的な海事責任制度において長年認識されてきた空白を埋めるものです。また、化学品、液化ガス、および代替燃料としても使用される物質の海上輸送量が増加している時期に実現します。 

 

要点

2027年11月29日以降、HNS条約は、貨物として海上輸送されるHNSにより生じた一定の損害について、専用の国際的枠組みを提供します。この制度は、船主の厳格責任および強制的な財務保証と、HNS基金による追加補償を組み合わせたものです。

本条約は、危険貨物の新たな区分を設けるものではありません。既存のIMO条約およびコードに基づき、すでに輸送されている貨物について、専用の責任および補償制度を確立するものです。

 

なぜ重要なのか?

化学品、液化ガスその他の危険物質は、世界貿易に不可欠です。その一方で、これらを対象とする専用の国際補償制度が存在しないことの重要性は、ますます高まっています。本条約の意義は、これらの貨物の海上輸送方法を変更することではなく、関連事故が発生した場合に利用できる国際的な補償制度を再構築する点にあります。

主として汚染を対象とする制度とは異なり、HNS条約は、貨物そのものの危険性または有害性に起因する結果にも対応します。状況に応じて、補償対象となる請求には、死亡および人身損害、船外の財産に対する損害、環境汚染、環境の悪化に起因する経済的損失、および合理的な防止措置の費用が含まれます。したがって、本制度は、汚染だけでなく、火災、爆発、有毒物質の放出といったリスクにも適用されます。

 

どのような貨物が対象となるか?

本条約は、IMOの条約およびコードを参照して定義される、広範なHNSに適用されます。主な対象には、次のものが含まれます。

  • 一定の油類およびばら積み化学品
  • 液化ガス
  • 容器包装された危険
  • 特定の化学的危険性を有する固体ばら積み貨物

特定の貨物がHNSに該当するかどうかは、本条約の定義、および同条約が参照する該当IMO文書またはコードによって判断されます。本条約は、貨物として輸送されるHNSに適用されます。したがって、LNG、LPG、メタノール、アンモニアなどの物質は、貨物として輸送される場合には本制度の対象となり得ますが、当該物質が輸送船自身の燃料として使用されているという理由だけで対象となるものではありません。

重要な点として、本条約は、ケミカルタンカーまたはガス運搬船で輸送される貨物に限定されません。対象物質によっては、コンテナ船上のタンクコンテナ、ポータブルタンクその他の容器包装形態で輸送される危険化学品にも適用され得ます。そのため、本条約の影響は、従来のタンカー輸送にとどまらず、コンテナ輸送および複合一貫輸送のサプライチェーンにも及びます。

 

誰が対象となり得るのか?

本条約は、船主および傭船者、貨物の生産者および取引業者、荷送人および荷受人、ならびに貨物利用運送、タンクコンテナ、ターミナルおよび物流の各部門を含む、海運・物流チェーン全体に影響を及ぼします。

HNS輸送に従事する船主に対しては、強制保険および証書に関する要件が導入されます。締約国において、対象となるばら積みHNSの荷受人は、報告義務およびHNS基金への拠出義務が適用されるかを確認する必要があります。容器包装されたHNSは補償制度の対象ですが、2010年議定書における拠出貨物には該当しません。 

荷送人、傭船者および物流事業者は、貨物の分類、書類、および契約上のリスク配分に及ぼす影響を検討する必要があります。本条約は、商業当事者間における契約上のリスク配分を定めるものではありません。したがって、既存の契約条件および適用法は、特に貨物情報、危険物、費用、補償および求償との関係で、引き続き重要となります。

実務上の影響は、関係国、損害の発生場所および種類、該当する場合には船籍、取引の性質、ならびに各当事者がHNS貨物の運送、受取りまたは取扱いにおいて果たす役割によって異なります。

 

船主および保険者によく知られた枠組み

船主および保険者にとっては、本条約のいくつかの特徴は、タンカーからの油濁および船舶燃料油による汚染に関する国際制度と共通しており、よく知られたものです。

HNS条約は、条約に定める抗弁を条件として、原則として登録船主に厳格責任を課します。また、強制保険その他の財務保証を求めるとともに、補償対象となる請求者に対し、保険者への直接請求権を認めています。P&I保険者は、証書発給のために財務保証の証明を提供することなどを通じ、条約遵守を支援する中心的な役割を担うことが見込まれます。

一般的な最低トン数基準は設けられていません。ただし、締約国は、200総トン以下の船舶について、容器包装されたHNSのみを輸送し、かつ当該国の港または施設間の国内航海のみに従事する場合には、適用除外とすることができます。これは、関係国が選択して適用しなければならない任意の除外であり、小型船舶に対する一般的な免除として扱うべきものではありません。

船主の責任、責任制限、強制保険、保険者による財務保証の証明(一般に「HNSブルーカード」と呼ばれます)、および国が発給する証書に関する詳細な要件については、次回の記事で取り上げます。

 

二層式の補償制度

本条約の中核をなすのは、概ねCLC・基金条約制度をモデルとした二層式の補償の枠組みです。

第一層は、強制保険その他の財務保証に裏付けられた、登録船主の厳格責任です。第二層はHNS基金によって提供されるもので、第一層の補償が不十分である場合、または条約所定の事情により利用できない場合に、追加補償が行われることがあります。二層を合わせると、第一層で支払われる金額を含め、1事故当たり最大2億5,000万特別引出権(SDR)の補償が可能となります。

特徴の一つとして重要なのは、容器包装されたHNSが補償制度の対象となるものの、2010年議定書上の拠出貨物には該当しないことです。HNS基金への拠出は、対象となるばら積みHNSの受取りに関連します。報告、拠出および荷受人に関する詳細な要件については、本シリーズで別途取り上げます。

 

今後に向けて

発効は2027年11月に予定されていますが、実務上の準備は十分に前倒しして開始することが望まれます。HNS輸送に携わる組織は、実施計画の一環として、保険手配、証書取得の経路、契約条項、報告義務および貨物情報の手続の検討に着手する必要があります。

正確な貨物情報は、特に重要です。本条約はHNSの正確な特定、分類および申告を前提としており、貨物の危険性または有害性に関する情報が提供されなかった場合の対応に関する規定も設けています。したがって、危険物、貨物情報、保険、費用、補償および求償に関する既存の契約条項について、必要に応じて見直すことが必要です。

本稿は、本条約の概要を紹介するものです。今後の記事では、以下の事項を取り上げます。

  • 船主の責任、責任制限、強制保険および証書(HNSブルーカードを含む)
  • HNS基金、ならびに荷受人に適用される報告義務および拠出義務
  • HNS条約とCLCおよびIOPC基金制度との主な共通点および相違点
  • HNS条約の裁判管轄、地理的範囲および適用
  • 容器包装されたHNS、タンクコンテナおよび複合一貫輸送に関する留意点
  • LNG、メタノール、アンモニアその他の代替燃料:HNS条約はどのような場合に適用されるか
  • IMDG、IBC、IMSBCおよびIGCコードに基づく貨物の特定、分類および申告要件
  • 契約上のリスク配分、傭船契約および貨物情報に関する義務
  • 不正確または不完全な貨物情報に起因する船主の抗弁および求償の問題
  • HNS条約に基づくクレーム処理、事故対応および出訴期限
  • 発効に向けた船主、貨物関係者、荷受人および物流事業者の実務的準備

実施方法および業界実務の進展に応じて、専門的な追加テーマを取り上げる場合があります。

 

結論

2010年HNS条約は、国際的な海事責任および補償制度に長年存在してきた空白を埋めるものです。その二層式の構造はCLCおよび基金条約制度と共通している一方、対象となる貨物および損害の範囲が広いため、その実務上の影響は、タンカー、ガス、ばら積み、コンテナおよび複合一貫輸送に広く及びます。

目下の優先事項は、組織が、自らの業務のどの部分に本条約が関係するかを把握することです。船主、貨物関係者、荷受人、保険者および物流事業者は、2027年11月29日までに対応が必要となり得る貨物および取引、貨物情報の信頼性、ならびに保険、証書、報告および契約上の取決めについて、検討を開始する必要があります。

早期の準備が不可欠です。HNS事故が発生した際には、貨物情報の正確性、契約上の取決めの有効性、および関係当事者の準備態勢が、補償制度そのものと同様に重要となり得ます。