Thorco Lineage号の事例

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Thorco Lineage号事件:物理的損害賠償請求と純粋な経済的損害賠償請求の両方に対するヘーグ・ヴィスビー条約第4条第5項(a)に基づく制限

Trafigura PTE Ltd対TKK Shipping Ltd (「Thorco Lineage」号事件) [2023] EWHC 26 (Comm)

背景

2018年6月、米国からオーストラリア向けの約10,300MTのzine calcineの貨物を積んでいた「Thorco Lineage」号は、メイン・エンジンの故障により、フランス領ポリネシアの環礁で座礁しました。救助業者は船を再浮揚させ、恒久的な修理のために韓国まで曳航することになりました。

救助業者は、救助された船舶に対し先取特権を有し、貨物所有者(原告)は800万米ドルの担保を提供しました。

この海難事故によって失われた、又は、物理的に損傷した貨物はごく一部でした。原告は、船主(被告)が船舶を航行可能な状態にするための相当の注意を怠ったと主張し、(i) 原告の救難業者に対する責任、(ii) 貨物の物理的損失、及び、および損害、(iii) 積替(on-shipment)の費用、(iv) 貨物処分費用として、約850万米ドルを請求しました。

被告は、物理的に損傷した貨物についてのみ責任を負い、その責任はヘーグ条約第4条またはヘーグ・ヴィスビー条約第5条(a)に基づき、「損失または損傷した貨物」の重量を参照して制限されると主張し、請求を拒否しました。この主張が正しければ、同社が賠償責任を負うのは請求額のごく一部に過ぎないことになります。

第4条第5項(a)は以下の通りです: (a) 当該貨物の性質及び価額が荷送人により船積前に申告され、船荷証券に記載されていない限り、運送人及び船舶は、いかなる場合においても、当該貨物に対する又はこれに関連する、損失又は損傷について、損失又は損傷した貨物の1包装又は単位当たり666.67単位、若しくは、その総重量につき1キログラム当たり2単位の計算額の、いずれか高い方を超える額の賠償責任を負わない。(筆者による強調)

当事者は、1996年仲裁法第45条に基づき、以下の論点が商事裁判所に付託されることに合意した。「合意された前提事実に基づき、被告がその責任を制限する権利があるかどうか、あるとすれば、各損失項目に関してどの程度の金額か。」

商事裁判所の判決 (Nigel Teare裁判官)

当事者間の争点は、第4条第5項(a)の「損失又は損傷した貨物」という文言が、物理的に損失又は損傷した貨物のみを指すか否か、でした。 原告は、「損失又は損傷した貨物」という文言が「物理的又は経済的に、損失又は損傷した貨物」を意味するものと解釈されない限り、貨物に物理的な損害がない場合であっても、貨物に関する経済的損失に対する賠償責任は制限されない、と主張しました。

しかしながら、被告は、第4条第5項(a)に「物理的又は経済的に」という文言が使用されていないにもかかわらず、この文言が追加されたかのように解釈することに異議を唱えました。被告は、Limnos号事件判決(Serena Navigation対Dera Commercial Establishment [2008] 2 Lloyd's Reports 166)のBurton裁判官の判示を引用し、Burton裁判官は「損傷した」との文言は、経済的損害を意味しない、と結論づけていました。

商事裁判所は、「損失又は損傷した貨物」という文言が物理的に損傷した貨物のみを指すとしたLimnos号事件判決([2008])に従いませんでした。その代わり、裁判所は、現在の文脈で規則を解釈する場合、物理的損害と経済的損害の両方を考慮しなければならず、そうでなければ、「貨物の損失又は損害、あるいはそれに関する」運送人の責任を制限するという条約の意図を適切に反映することはできない、としました。

同裁判所は、この点について判断するよう求められてはいませんでしたが、原告は救助業者の海上先取特権により貨物全体の所有権および占有権を失ったため、同裁判所は貨物全体が「損害」を受けた、との見解を示しました。従って、次の請求項目、すなわち、(i)原告の救助業者に対する責任、及び、(iii)積替の費用に対する被告の責任は、物理的な損傷を受けた貨物の一部だけでなく、貨物全体を基準として、キログラムあたり2 SDRの計算により、制限されることとなりました。

コメント

Thorco Lineage号事件では、貨物全体の重量により、制限額が請求額の総額を上回っていたため、貨物賠償請求者が明らかな勝者であるといえます。  

Thorco Lineage号事件判決は、物的損害賠償請求と経済的損害賠償請求の両方について、運送人がへーグ条約第4条第5項(a)の制限を利用できることを明確にしています。経済的損失の請求には、遅延による貨物の市場価値の減少から生じる請求、共助業者に対する責任、横持(transshipment)費用、積替費用などが含まれます。以前は、貨物に物理的損害がない場合、運送人はこのような純粋な経済的損害賠償請求に関して、制限の恩恵を全く受けることができませんでした。

被告は控訴を許可されなかったため、矛盾した2つの一審判決が残されることになりました。しかし、上記裁判官は、第4条第5項(a)について、先例、法的権威、教科書の注釈書から詳細な分析を行い、Limnos号事件で下された判断から逸脱するための非常に明確な理由を示しています。従って、今後の事案において、Thorco Lineage号事件判決が優先的に従うべき先例になったとしても、不思議ではないと思います。

会員の皆様で上記のケースサマリーに関するご質問がございましたら、当クラブのいつもの担当者までご遠慮なくお問い合わせください。

ジェニー・チュー 
クレーム・エグゼクティブ 
15/06/2023

弁護士田中庸介 注:

上記のとおり、物理的な損害のない貨物についての経済的な損失についてもpackage limitationの適用あり、と判断された点は運送人にとって良いと思われますが、上記裁判官は、物理的な損害のない貨物も含めて、limitationの額を計算していますので、そうすると、これまでの運用とは異なり、運送人は、常に、高額の制限額を認めざるを得なくならないか、懸念が残るもの、と思われます。

 

Jenny Chu

Claims Executive

Date2023/06/15