安全運航をめざして:陸上サイドによる本船支援

SAFETY FIRST

1.海難に至る3つの要素 (環境・ハード・人)

船舶運航の世界では、最新のソフト・ハードウェアが導入され、船舶は年々進化しているにもかかわらず、今もなお、50年前や100年前と同じような海難事故が数多く発生しています。原因を調べてみると、これまでと変わらないような過失や怠慢が繰り返されていることが分かります。

これは以前から指摘されているように、まさに人的要因が深く関わっていることは明らかです。船上の乗組員はもちろん、陸上管理者であるマネジメント(経営陣)からスーパーインテンデント(船舶管理監督)まで常に“人的新陳代謝”が行われ、時間が経てば世代交代します。世代交代の結果、過去の海難事故情報やその原因へのアプローチ、再発防止に向けた注意点などが次の世代に引き継がれない場合があります。

なぜ事故が発生するのかを考えていくと、船舶運航に関して①環境②ハード③人、という大きな3要素があると思います。①として船舶は海象や気象、水路、船舶輻輳といった環境の中で運航されます。こうした環境下には常にリスクが存在します。続いて、②で言うハードとは船舶のことです。これには保守整備、機器の運用等に関するリスクがあります。そして③の人は乗組員と陸上のマネジメント全体を指します。

船舶運航は与えられた環境とハードの中で実施されます。人はこれら2つの要素と上手に付き合う必要があります。この「上手に付き合う」というのは、環境とハードによるリスクを最小化するということです。

適切な言葉ではないかもしれませんが、乗組員とマネジメントによって環境とハードはある程度は制御可能だと思っています。環境については適切なパッセージプラン(航路計画)を作成することで、荒天や危険物を避け、また船舶輻輳海域を特定し他船との衝突などを回避できます。また、ハードについては人の手で適切な保守整備と運用を行えば、リスクは最小化できます。

先ほど、「過去の事故の教訓が次の世代になると忘れ去られる」と説明しました。事故の教訓から得た知見、対応を忘れないようにするのが文書化された安全管理システムです。現在、外航海運の世界ではISMコードに従って安全管理システムを構築し、ツールとして使用することが義務付けられています。

2.過去の事故事例から学ぶ

1989年3月24日、VLCC(超大型原油タンカー)「Exxon Valdez」は米国アラスカのプリンス・ウィリアム海峡で座礁し、原油約4万1000キロリットルが流失しました。2400kmに及ぶ海岸線が汚染され、原油を除去するため初期の損害は20億ドルに及びました。

図 Exxon Valdez座礁概要図 (出典:関根博著「海難事例分析」海文堂出版)

上に示した運航の3つの要素から、事故の直接原因を検討しましょう。まず環境に関しては水路上にせり出した流氷を避けて、航路外を航行する必要がありました。当時の可航水域の幅が1マイル(1852m)弱でしたが、流氷を避けて航行する本船の行為自体は同じ海域を航行していた他の船舶もあり、米国家運輸安全委員会(NTSB)は「合理的」と認めました。

ハードについてはどうでしょうか。船舶の航海計器などに故障や不具合は見られませんでした。ところが操舵の使用に問題があり、当直にあたっていた三等航海士は舵を切った“つもり”で、実際に切ったかどうかを確認していませんでした。

人に関しても様々な問題がありました。まず当直者が疲労により、位置の確認や見張り、操舵方法など多くの不適切な運航をしていました。ただ、NTSBは当直者を疲労させる環境を作った船主に責任があるとしています。また船主が長時間労働を推奨する人事管理をしていたことが分かっています。要するに「Exxon Valdez」の事故は、人が環境とハードを制御できていなかった事例となります。

Exxon Valdezの事故には多くの不安全行為(unsafe act)と不安全状況(unsafe condition)がありました。事故防止対策においては、こうしたエラーの連鎖=エラーチェーンを最小化するとともに、断ち切ることが重要となってきます。

3.船舶運航におけるマネジメントの役割

マネジメント(経営、陸上管理者)は本船とその乗組員をいかに適切な形でサポートできるかが問われます。船舶というツールをうまく使うことで初めて、海運会社のビジネスは成します。

マネジメントは船舶の安全管理に対して確固たる責任を持ち、本船の運航を現場の責任者である船長、機関長だけに頼り切ってはいけません。ISMコードで規定されているとおり、本船と陸上は一体であると理解しておく必要があります。

マネジメント自身が責任感を強く持つことで、海難事故発生時の対応も異なり、被害の拡大抑制や事態の早期収束につながってきます。日々の運航における運航管理者としての責任は当然ながら、事故が起きた時も責任を負うという意識を持つことが不可欠となってきます。

4.安全運航実現のポイント

陸上管理者は自分の組織や本船で何が起きているのか、リアルタイムで状況を把握することが大前提となります。

具体的には、船橋におけるマネジメント手法であるBRM(Bridge Resource Management)やBTM(Bridge Team Management)で取り上げられている“状況認識”(situational awareness)と同じ考え方と思います。ここで言う船舶管理における状況認識とは、本船や組織が基準・規範に則った形で運用されているかどうかを常に認識するということです。

さらに重要なのが規範から逸脱している事象があればそれを認識して改善しなければなりません。本船運航の場合、この規範とはSOLAS条約(1914年の海上における人命の安全のための国際条約)をはじめとする国際ルールのほか、社内内規や自社で作成した船陸の安全管理システムなどを指します。状況認識の手段・手法については、海運各社が持っている機能を活用することがポイントとなってきます。

さらに、このような状況認識のもと、必要であれば業務手順の改善や訓練・教育などを実施して、リスクの最小化を図っていくことです。繰り返しになりますが、海運の最前線に立つ本船をいかにサポートするかが陸上のマネジメントの使命であり、適切にサポートすることで初めて、安全で健全な海運が成り立つと考えています。

< 出典 >
本稿は、日本海運集会所発行の情報誌“海運”(2023.5/No.1148)の著者へのインタビュー記事「陸上サイドによる本船支援で安全・健全な海運は成立する」をもとに作成した。

Captain Hiroshi Sekine

Senior Loss Prevention Director

Date2023/07/31