閉鎖区画入域の事故

船内における閉鎖区画での事故は、船舶の運航、管理における長年の大きな課題の一つです。残念ながらこのような事故は、ISMコードが発効され、各社がこれらに関する安全管理手順書を作成しているにも関わらず、近年おいても減少することがありません。

海運業界の各種団体では、このような事故を防止する為、注意喚起やガイドラインを数多く出しています。こういったガイドラインや事故情報、これらに関する再発防止策を常にUpdateし、SOLAS条約(注-1)でも規定しているように、こういった情報を船舶や乗組員に提供の上、乗組員教育や操練に使用することは、船舶管理会社や運航会社の重要な責務の一つです。

本稿では、わが国で発生した船内における閉鎖区画での事故を紹介し、再発防止へどのような対策を取るべきかを検討したいと思います。

(注-1)SOLAS条約(概要)
第Ⅲ章第19規則3.3
閉鎖区画入域の訓練は2箇月に1回実施すること
第Ⅲ章第19規則3.6
閉鎖区画入域の訓練は次項を含める
・個人保護具、通信機器、空気測定機器の点検及び使用
・救助装置及び手続きの点検及び使用
・応急医療等に係る指導

1.事故事例

1)事故概要

ケミカルタンカーCHEM HANA(695GT、以下「本船」という。)は、関門港でアセトン(注-2)約960tの荷揚げを終え、2012年7月2日05時45分ごろ出港し、メチルエチルケトンを積載するため、千葉港へ向かいました。船長は、出港後運航社の担当者より、千葉港での荷役にトラブルが生じたので、松山港でパラザイレン1,000tを積載するようにとの指示を受けました。船長は、一等航海士に対し、目的地及び積荷に変更があったことを知らせ、松山港に直航すれば、タンククリーニングを行う時間がないので、松山入港前に豊後水道まで南下してタンククリーニングを行うように指示しました。

一等航海士は、14時00分ごろ、甲板長、甲板手A及び甲板手Bを伴い、カーゴタンクのサクションウェル及びポンプ室のストレーナに残っているアセトンを取り除く作業に取り掛かかりました。一等航海士は、甲板手A及び甲板手Bに対し、1番カーゴタンクから順にサクションウェルに溜まっているアセトンを浚うように指示した際、甲板長は、ガスフリーファンが回っていないので、危ないと進言しましたが、一等航海士から大丈夫と言われました。

甲板手A及び甲板手Bは、いずれも作業服及びゴム手袋を着用し、安全靴を履き、吸着缶式呼吸具(注-3)の装着を行い、ポリバケツ及びひしゃくを持ち、甲板手Aが1番カーゴタンク(左)に、甲板手Bが1番カーゴタンク(右)にほぼ同時に入っていって行きました。甲板手Bは、すぐにカーゴタンクから上甲板に上がり、一等航海士に匂いが強いことを訴えました。一等航海士は、14時20分ごろ、1番カーゴタンク(左)のマンホールからタンク内をのぞき、倒れている甲板手Aを認め、吸着缶式呼吸具を装着して1番カーゴタンク(左)に入ったものの、1分~2分して倒れました。

その様子を見ていた甲板長及び甲板手Bは、船尾甲板の倉庫から自給式呼吸具を持ち出して装着し、1番カーゴタンク(左)に入り、一等航海士及び甲板手Aを上甲板上に運び上げました。
海上保安本部は、本船からの事故発生の通報及び救助要請を受けて巡視艇を出動させ、一等航海士及び甲板員Aを巡視艇に収容し、周防大島町に搬送しました。 その後、一等航海士は救急車で、甲板手Aはドクターヘリでそれぞれ病院に搬送されましたが、いずれも死亡が確認されました。

一等航海士及び甲板手Aの死因は、直接死因は酸素欠乏による窒息の疑いであり、アセトン中毒の疑いがこれに関与したと検案されました。

(注-2)アセトンは、次のような性質があります。
“急性毒性(蒸気) 蒸気は、眼、気道を刺激し、中枢神経、肝臓、腎臓、胃に影響を与え、意識喪失を起こすことがある”

(注-3)吸着缶には、中濃度の有機化合物用であり、「ガス濃度1%未満かつ酸素濃度18%以上で使用すること」の注意書きが記されていました。

図-1 吸着缶式呼吸具

2)事故分析

本事故は、その原因を分析する際、閉鎖区画の事故という従来の事故と同様に多くのことを示唆しています。

タンク内が危険であるという認識

一等航海士は、タンク内が危険であるという認識が欠如又は薄かったと思われます。それにより必要とする手続きを無視、あるいは省きしました。このことが、エラーチェーンの最初の環であり、これから多くのエラーや不安全行動が醸成していったと思われます。

閉鎖区画入域手順の実施

本船には、SMSに規定された閉鎖区画入域手順書がありますが、次の項目に関し詳細(略)が述べられています。しかしそれぞれにおいて、不適切な行為や違反がありました。

  • 閉鎖区画への立入許可

(本船)許可証を申請せず

  • 閉鎖区画における大気濃度の測定及び換気

(本船)十分な換気をせず、またガス・酸素濃度の計測を実施せず
アセトンの蒸気密度が2.0であること、及び本件タンク清掃作業の開始前にカーゴタンクの換気が行われていなかったことから、カーゴタンクの底部付近には、アセトンの気体が滞留し、酸素欠乏状態になっていた可能性があると考えられます。

  • 保護具等

(本船)本船では禁止されている保護具を使用
吸着缶式呼吸具に関し、次のことが手順書に記載されていました。
「吸着缶式呼吸具は、仕様上、使用者を炭化水素及び毒性蒸気の濃度超過並びに酸素欠乏から保護できないので、当社では閉鎖区画での使用を認めない」

  • 閉鎖区画からの救出

(本船)一等航海士は、十分な保護具を使用せず、また、単独で救助を実施した。
また、自蔵式呼吸具等十分な装備が準備されていなかった

その他

上記に加え次の行為、状況も事故原因の一つとして挙げられるでしょう。

  • 積地の変更により、時間的に余裕が無かった
  • 甲板長の中止進言を受け入れなかった
  • リスクマネジメント、作業前打ち合わせ(Tool Box Meeting)を実施していない

3)再発防止策

運輸安全委員会では、本事故の再発防止に向けて次のことを指摘しています。

  • 船長は、荷役計画に変更があった際、各航海士と変更に伴う情報の共有を図り、荷役準備のための適切な指示を行うこと。
  • 乗組員は、閉鎖区画における作業を行う際、安全管理手順書に定められた安全のための作業手順を確実に遵守すること。
  • 乗組員は、閉鎖区画における事故に対して速やかに対処するため、事前に救出及び蘇生のための準備をしておくこと。

2.安全対策

冒頭述べたように、閉鎖区画入域に関する事故は今まで多くの報告があり、再発防止に向けてその都度注意喚起がなされています。その内容は、常に基本となることであり、多くの資料に紹介されています。

その例として次の事項が一般的な注意事項、再発防止策となります。

  • 閉鎖区画として認識(全ての区画が閉鎖区画や狭いスペースとなる可能性があること)
  • 作業前リスクアセスメントの実施
  • 作業前Tool Box Meetingの実施
  • 閉鎖区画入域手順書の遵守
  • 閉鎖区画での作業にあたり、船内のコミュニケーション十分とること
  • 複数の人数での実施(作業者とサポート役)
  • 適切な保護具の用意と使用
  • 疑わしい状況がある場合、誰でも疑問を呈すること
  • 外部からの圧力や時間的制約については、十分考慮すること
  • 緊急時(救助の必要な場合)には、2次災害を防ぐことを常に考慮(感情で動かない)
  • 入域許可証を現場に提示し、入域者の氏名を記載(または名前タグを置く)(図-2)
  • SOLASに定める2箇月毎の操練を必ず実施し、実施手順、保護具、緊急対応を習熟

図-2 閉鎖区画作業者の確認(現場に掲示)

特に、閉鎖区画、狭いスペース、すなわち酸素欠乏が疑われる状況にも関わらず、それを認識しないまま作業を実施するという事故事例が多く見られます。
作業責任者は、船体の構造、配管、積載貨物の状況等から、酸素欠乏の可能性を常に考慮することが必要です。また、社内外の関係資料を参考にして、操練等の機会に乗組員とともに勉強会等を開催し、乗組員全員が閉鎖区画の作業と危険性につて同様の認識になるよう指導することも重要です。

以上

Captain Hiroshi Sekine

Senior Loss Prevention Executive

Date2021/05/12