航海計画不備による海難事故

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初めに

船舶は出港前に航海計画を策定し、当該航海が安全であり、本船が無事航海の目的を達するかどうかを確認する必要がある。航海計画策定については、IMO Resolution A.893(21)(GUIDELINES FOR VOYAGE PLANNING)により、ガイドラインが定められている。
ガイドラインでは、航海には次の4つの段階があり、航海計画策定にはこれら4段階を慎重に検討し策定しなければならないとしている。
すでに各船においては、SMSマニュアルにこれら詳細が記載されていると思われるので、以下簡単に解説する。

1. 航海の評価 (Appraisal)

計画されている航海または航路に関連するすべての情報を収集し検討する。これは航海前に当該航海にどのようなリスクがあるかを識別し、必要であればその情報を航海計画に反映させる。

2. 航海計画の作成 (Planning)

上記評価により得た最大限の情報に基づいて、水先人嚮導海域を含む、岸壁から岸壁までの航海または航路全体をカバーする詳細な航海計画を作成する。

3. 航海の実行 (Execution)

航海計画が承認されたなら、その計画が実行・具体化されなければならない。一方、環境や状況の変化に伴い、その計画は実行中に変更される場合もある。その変更に対しては、航海の再評価及び修正航海計画に基づいて航海を実行しなければならない。

4. 航海の監視 (Monitoring)

船舶の進捗があらかじめ定められた航海計画に従って航行しているかを、綿密かつ継続的に監視する必要がある。これは当直航海士の最も重要な職務であり、あらゆる手段を使用して本船の状況を確認しなければならない。この監視により航海計画からの逸脱が判明した場合、船長への報告、修正等必要な措置をとる。

航海計画不備による事故事例

船舶は作成した航海計画に基づき、上記4つの段階を経て航海が完成される。しかしながら、これら段階のうち1つでも重大な欠陥や怠慢があった場合、海難事故につながるということに注意しなければならない。つぎに示すのは、上記のそれぞれの段階(または複数)で不備があり、その結果海難事故となった事例である。

1. 航海評価(Appraisal)の不備
【CMA CGM Libra座礁事故】

航海の評価においては、多くの情報が必要となり、船橋備え付けのものから気象海象を含め外部情報、あるいは本船の状態など様々なものである。コンテナ船CMA CGM Libra(総トン数約13万トン、全長353m)は、2011年5月18日中国厦門を出港する際、2等航海士は航海計画を作成したがその計画には、出港航路外に浅所があるという、水路通報の情報を海図に記載していなかった。またこの浅所を含め、No Go Areaを示すマーキングも記載していなかった。船長は作成された航海計画を承認したが、この水路情報を知らず、航路外のほうが安全(海図上水深が深い)であるという判断から、航路外に出て座礁したのである。このケースでは、航海前に作成した航海計画は適切ではなく、従って本船には航海前に堪航性が無かったとされた。本件詳細に関しては、下記UKクラブWeb(注-1)に詳しいのでそれを参照されたい。評価段階における情報収集は膨大なものとなるが、それら情報のたった1片の不足により大事故に至るということに、本事件は航海者に大きな問題を投げかけたのである。

(注-1) 航海計画策定と堪航性
https://www.ukpandi.com/ja/news-and-resources/articles-new/passage-planning-and-seaworthiness/

2. 航海計画作成(Planning)の不備
【Kaami 座礁事故1】

2020 年 3 月 23 日、一般貨物船Kaami(総トン数2,715トン、全長89.95m)は、アイルランドのDroghedaからスウェーデンのSliteに向かう途中、スコットランド西海岸のLittle Minchにある Sgeir Graidach 浅瀬で座礁した。
船長は以前乗船した船舶の航海経験に頼り、IMO が採用した推奨ルートを使用せず、浅瀬を通過する航路を設定した。本件では、航海計画作成時に誤った航路設定をしたが、これは航海計画策定における評価、すなわち十分な情報の評価を実施しなかったことが大きな要因である。また、航海の実行及び監視の段階においても、多くの不備や怠慢があった。(図-1、図-2)                 

図-1 座礁地点 (背景Google map)

図-2 AIS航跡と座礁地点 (報告書を参考に著者が作成)

・事故詳細

Drogheda停泊中、一等航海士(C/O)は荷役の監督業務をしていたため、船長は ECDIS により次の寄港地であるSliteへの航海計画を作成した。
2020年3月21日2030時、Kaami(喫水:船首4.90m、船尾5.40m)はDroghedaを出港し、North Channelを航行しアイリッシュ海にすすんだ。
Drogheda出港後天候は悪化し、南西の風はBF6から9であり、海面の状態は、“very rough”であった。 雲に覆われた暗夜であったが視界は良好であった。
2300時直前に、船長から航海当直を引き継ぐために、C/O 及び見張員(AB)が昇橋し、船長から当直を引き継いだ。
23日0058時、C/O は VHF でコーストガード に対し、IMO推奨の南北航路の始点であるポイント“F” に船が近づいていることを報告した。
しかし本船は、推奨ルートを使用せず、予定していた航路である、 Eugenie Rock から北へ約 1 マイルをめざすルートに沿って進んだ。
0135時、漁船 Ocean Harvest の乗組員が VHF で本船が浅瀬に向かっていること警告した。 C/O は即座に応答し、Ocean Harvestに情報を提供してくれたことに感謝し、数分後に船のコースを変更すると言った。
その直後C/O はオートパイロットを使用して、航海計画に従って変針点19 において右舷に10度針路を変更した。
0141時 C/O と見張員は2回の大きな衝撃を感じた。(座礁)

・原因分析

Kaami座礁の原因は、航海計画作成時、危険物のある海域上を航行するという航路を設定したことにある。
船長は以前本海域を航行した経験があったが、航海計画作成にあたっては、当時の航行中の知識や気象・海象等の経験に基づき、また本船搭載の電子海図(ENC)の情報に限定されていた。
航海航路作成にあったては、当然のことながらその事前情報となる航海計画作成前の評価が密接に関連するが、本事故おいては、後記の示すようにこれが不十分であったことは自明である。
また、航行中においては、ECDISの設定や使用方法を含め、監視業務が不十分であったことも、本座礁事故の主要原因となろう。

本件における評価及び監視の各段階における瑕疵や怠慢が非常に多く、これはECDISの適切な使用がなされなかったことが大きな要因となっている。以下に本件におけるECDISの使用に関する問題について簡単に述べる。

① 安全等深線の設定せず

本船喫水は5.40mであるが、安全等深線を過去設定の5.00mとしていた。安全等深線の設定においては、UKC(under keel clearance)の検討は不可欠であるが、本船ではUKCを考慮しておらず、また管理会社のSMS(safety management system)においてもUKCの詳細な規定はなかった。

②不適切な電子海図(ENC)使用

座礁時使用していた電子海図には、IMOの推薦航路の記載が一部欠けていた(消えていた)。

③変針点(waypoit)設定

船長は航海計画作成においては、ECDIS画面上で変針点(waypoint)をマウスでドロップして作成していた。これにより容易に航路線をECDIS上に記載することが可能ではあるが、本船では同航路線が危険物(浅瀬)の上の海域を通過していた。
IHO(International Hydrographic Organization)は、このような作業においては、適切なスケールの電子海図(ENS)を使用し、視覚で確認することを強く警告している。

④安全チェック機能(図-3)

本事故において、ECDIS安全チェック機能を使用したか確認することができなかったが(MAIB)、事故調査時において、安全チェック機能を作動させた結果、航路上479か所において、Error(危険)が表示された。この機能は視覚によるチェックを補う非常に有効な機能である。

図-3 ECDIS安全チェック画面(報告書を参考に著者が作成)
中央に下記警告が表示されている
「This Leg “CROSSING” safety depth, dangerous area, Confirm and modify the route」

⑤前方海域確認機能 (look ahead sector and vector)

これは安全等深線や危険物に接近した場合に警告を発する機能であるが、本船ではこの機能は使用されていなかった。本船ECDISでこの機能を選択した場合、安全等深線を通過する3分前にアラームが発することになっていた。

・事故の教訓

本件は航海計画作成段階において、安易に航路を設定したことによるものだが、航海の評価、実行、監視の各段階の瑕疵・怠慢とも密接な関係があることは容易にわかる。特にECDISによる航海計画の作成(航路線の設定)は、本件でも指摘されるところであるが、画面上に変針点をマウスでドロップ(設定)することで容易に航路線を引くことが可能となった。
高機能機器の導入で常に問題となるものだが、ECDISの採用により、適切な航海計画策定手順が省かれる可能性があることを我々は常に心する必要がある。

3. 航海計画実行(Execution)の不備

【いなづま座礁事故2】

2023年1月10日1210時頃、海上自衛隊護衛艦「いなづま」(排水量4500トン、全長151m、乗組員190人)は山口県周防大島沖南約5kmの浅瀬「センガイ瀬」(浅瀬を示すセンガイ瀬灯標あり)で座礁した。(図-4)
 「いなづま」は10日午前、因島の造船所で整備終了後に試運転のために出航し、座礁した現場近くで折り返して自衛隊呉基地に戻る予定であった。
 「いなづま」はスクリューが海底の岩などに接触したとみられ、その影響で少量の油が周辺海域に漏れた。
修理期間は数年程度かかるとの見通しであり、費用は現時点で40億円程度と見込んでいる。

図-4 いなづま座礁地点 (背景Google map)

図-5 いなづま推定航路図及び座礁地点 (背景Google map)
(報道をもとに、著者が作成)

・調査結果発表

2023年5月9日海上自衛隊は本事故の調査結果を公表した。
艦長らが浅瀬を認識しないまま運航を指揮するなど、安全管理が不適切だったことが原因とした。
発表は記者会見という形で実施され、その要点は次のとおりである。
1135時頃、試験運転が終了したので、艦長は運航計画の変更を指示したが、次の安全対応を怠った。
- 航路の安全を確認せず、航路変更を実施
- 運航担当の幹部が海図を確認せず
- 指揮所より複数回、前方に浅瀬がある、と注意喚起があったが、艦橋(船橋)の艦長等に伝わらず
- 出港前の航路や海域の安全確認会議を開催せず

海上自衛隊は、本事故に関する再発防止策として下記を含む5項目を挙げた。
- 艦長養成プロセスの見直し
- 必要情報を共有できる通信システムの検討

・分析

今回の調査結果は、記者会見という形で実施されたため、詳細な状況は不明であるが、ここでは商船運航の立場から分析を試みたい。
自衛艦の艦橋(船橋)におけるマネジメントは、艦橋要員の役割や人数、艦橋要員以外の関わり、設備等商船のそれとは大きな相違がある。
例えば、
- 指揮所(CIC、艦橋とは違う場所にあり)からの情報伝達
他船情報や危険情報は指揮所で捕捉し、伝令が通信機経由、艦橋の要員に報告する。こういった場合、艦橋要員は、それぞれが「了解」、「了解」と応答し、どの程度報告事項の確認がなされたかは、不明な場合が多いという。
- 艦橋要員の役割分担
艦橋には、艦長、航海担当士官、及び多くの各科員が従事し、それぞれ役割が細分化されている。
例として、航海担当士官は、基本的には自身ではレーダー等からの距離情報や危険物情報は直接取得せず、艦橋や指揮所の下士官から報告を得る。

・事故の教訓:航海中の航海計画変更

航海中、事前に作成した航海計画に関し、諸理由により変更することはよくあることである。
しかしながら、航海計画を変更する場合、航海計画策定時のステップ、すなわち、評価、作成、実施、監視という同様段階を踏まなければならない。
本艦の場合、突然艦長が航海計画を変更したが、航海計画の変更が必要な場合、新たな航海計画に関する評価作業、すなわち航路変更後の浅瀬を含む危険物の有無、船舶の輻輳状況などを確認しなければならない。
また、部下からの進言に関しても、BRMの一環として、艦橋の指揮者(艦長や航海士官)は常に確認する必要がある。
本件は、航海計画策定作業の瑕疵とともに、艦橋(船橋)マネジメントの脆弱性が明確に表れた事例と言えよう。

4. 監視(Monitor)の不備

【Royal Majesty座礁事故3】

1995年6月10日2225時頃、客船Royal Majesty(総トン数32,396トン、全長173.16m)は、1,509人が乗船しバミューダ・セントジョージからマサチューセッツ州ボストンに向かう途中、マサチューセッツ州Nantucket島東約10マイルのRose and Crown Shoalに座礁した。
本事故で船舶の二重底の変形がみられたが、船体の破孔や亀裂は検出されず、燃料油の漏えいも無かったが、損害額は7百万ドルと推定される。

・事故詳細

ナビゲーター(航海担当士官)は出港(10月9日1200時)の1時間前、航海計器(コンパス、リピーター、レーダー、NACOS 25、GPS、Loran-C)のテストを実施し、全て正常であることを確認した。彼はパイロット下船後(1230時頃)、GPSとLoran-Cの位置データを比較し、両データが1マイル以内に表示されていることを確認した。
10月10日1000時、ナビゲーターは操舵手2名とともに航海直に入り、進路を336度、速力14.1ノットに維持した。
1600時、1等航海士は、ナビゲーターと当直を交代する。
1等航海士は、GPSからの位置データを利用して、当直中1時間ごとの船位をプロットし、バックアップシステムとしてLoran-Cも使用した。
1920時頃、BAブイと思われるターゲットが、左1.5マイルを通過したが、太陽光の海面反射により、ターゲットを視覚的に確認はできなかった。
BAブイ通過を船長に報告した。
2000時、2等航海士は操舵手2名とともに、1等航海士と当直を交代した。
2030時頃、左舷船橋ウイングにいる操舵手(見張り)が、本船の左側に黄色い光が見えると報告したが、2等航海士は報告を認めたが、何ら行動はとらなかった。
黄色い光が視認された直後、左右舷両方の見張員から、船の左舷側にいくつかの赤い光を視認したという報告がなされたが、2等航海士は特に行動をとらなかった。
2145時、船長は2等航海士にBBブイを見たか電話で尋ねたが、2等航海士はそれを見たと答えた。
2等航海士は、BBブイを見なかったが、「GPS位置をチェックし、それが航路上にあった」、また「たぶんレーダーがブイを反射しなかった」ので、船長に見たと報告したのである。
2200時過ぎ、左舷見張員は2等航海士に青と白の水が真正面に見えると報告したが、2等航海士は特に返事をせず、また行動もとらなかった。左舷見張員は、その後本船が青と白の海域を通過したと報告した。
2220時頃、本船は突然左舷に向きを変え、次に右舷に急に向きを変え左舷に傾いた。
船長は、船が左舷に傾くのを感じ、船橋に駆け昇り、座礁したことを確認した。
船長は、船のGPSとLoran-Cをチェックし、GPS位置データに少なくとも15マイルの誤差があることに初めて気づいた。

図-6 本船航路図(報告書を参考に著者が作成)

・分析

本船は統合船橋システム(NACOS25)を装備しており、NACOS25の位置データソースとしてGPSを選択していた。
事故後、本船のGPSアンテナと受信機を調べた結果、GPSアンテナケーブルがアンテナの接続部から分離していることが分かった。
従ってGPS受信機は、衛星から得られた位置データではなく、DR(Dead reckoning, 推測航法) から得られた位置データをNACOS25オートパイロットに送信したことが判明した。
経度データは、DR計算から出され、風、潮流、または海流の影響は修正されていない。本船は時間の経過とともに、東北東の風と波浪の影響により西南西方向に流され、17マイルの誤差が生じたのである。

・監視業務の瑕疵、怠慢

本船は34時間以上GPSデータを使用できず、これを確認しなかった当直航海士と船長のパフォーマンスに関して、深刻な怠慢があった。
特に1等航海士及び2等航海士は、座礁前の航海直に従事していた時、本船が計画航路を航行していないことを示すいくつかの兆候があるにもかかわらず、それを認識できなかったことの過失は大きい。
① 船長
船長は頻繁に船橋を訪れ、 1等航海士と2等航海士にBAブイとBBブイの視認を報告するように要求することにより、船長は、本船が意図した航路をたどっていることを確認するために合理的な努力をした。
しかしながら、船長は、GPSとLoran-Cの意図的なクロスチェックを要求したり、自分で比較したりしなかったため、航海士の自動航海システムへの依存を共有していたのである。
② 1等航海士
1900時頃にレーダーで見たブイは、航路の西約17マイルにある沈船をマークしたARブイであった。視覚でブイを特定できなかったが、位置のクロスチェック(GPSとLoran-C)を実施すれば、この間違いに気づいた可能性がある。
③2等航海士
ブイの存在に関し、船長に虚偽の報告をする。
また、見張員から海面や周囲の異常に関する報告があったが、これに何ら対応しなかった。

・事故の教訓

本件の直接原因はGPS機能の喪失であるが、航海士はそれをカバーするための2つの手段による船位のクロスチェックを実施しなかったことにある。しかし船橋チームの各メンバーにおいては、上記のとおり多くの重大、または些細な瑕疵、怠慢があり、これらのエラーチェーンを断ち切ることができず、座礁事故に至ったのである。
適切な手段や頻度によって航海の監視を行い、航海の現状、ステータス、すなわち状況を認識することの重要性を、本件は強調するものである。

終わりに

航海計画策定に関わる事故事例を、評価、作成、実行、監視の4項から述べたが、それぞれの事例は、これら4項目の複数、または全てが密接に関係していることが改めて認識できる。
従って、安全な航海を成就するには、船橋チームは航海の都度、使用可能なリソースを最大限利用し、決まった手順を省くことなく航海計画を策定することが求められるのである。

<参考>
1) MAIB REPORT NO 7/2021
https://assets.publishing.service.gov.uk/media/60acb4bd8fa8f520bde56d16/2021-07-Kaami.pdf
2) 2023年5月9日付け、産経新聞、TBS News Dig、毎日新聞
3) NTSB/MAR-97/0l
https://www.ntsb.gov/investigations/AccidentReports/Reports/mar9701.pdf

Captain Hiroshi Sekine

Senior Loss Prevention Director

Date2023/07/31